首なし少女の正体は

 首なし少女、今は昇格して普通の浮遊霊となった彼女の名は秋津月乃(あきつつきの)。

 記憶を取り戻した秋津月乃は夕闇さんに自身に関する生い立ちを説明してくれたようだった。

 

 生前は16歳、高校1年生。

 残酷なことに、彼女は当時ここらを賑わせた猟奇殺人による犯行ではなく、実の母により殺され、森に埋められたのだという。

 

 当時、再婚した義理の父親と実の母の三人暮らし。

 彼女の普段の生活から死に至るまでの経緯を、夕闇さんは言葉を濁しながら説明してくれた。それは夕闇さんの秋津月乃に対する配慮か、秋津月乃自身が夕闇さんに説明を省くよう制したのかは分からない。


 それは、胸糞悪いの一言だった。


 端的に言うと、秋津月乃は義理の父から性的な目を向けられていて、幾度となく嫌がらせや悪戯の被害を受けていた。あろうことか、嫉妬を募らせた母親が怒りで精神がおかしくなってしまい、殺害されてしまったとのことだった。

 

 気分が高所から急降下するレベルの重い話。

 救いのない、終わってしまった1人の人間の残酷な物語。


 それでも。

 現世を彷徨い続けた彼女の首を無事火葬してあげることができたのだから。

 こんな糞みたいな世界なんてさっさと忘れて。

 安らかに眠ってください。

 どうか死後のあなたが。

 不幸中の幸いエンドになりますように。

 

 小早川さんのアドバイスの通り、気の向くままにがむしゃらに頑張ってみたが、実りのない行為だったと思う。残酷な話に気落ちはしたが、それでもここまでやり切ったおかげなのか、不思議と胸を吹き抜けるような清々しさを感じた。


 2人の女子とのボーイミーツガール。真夏の共同作業という意味では、学生の夏らしい青春を謳歌できたのかもしれない――――なんて感慨に浸っていたのも束の間。


 彼女の物語はまだ終わらない。

 残酷なことに、死後もまだ外伝が残っていた。

 頭蓋骨が燃え切って秋津月乃は本来の姿と記憶を取り戻したようだったが、残念なことに成仏には至らなかったようで、霊体は現世に残ったままだったのだ。彼女を成仏させるにはどうしたらいいのか。


 これは、引き続き夕闇さんに会って仲を深めていく必要があるようだぜ、グヘヘヘヘ……なんて。夕闇さんに会う良い口実が出来たなんて、決して思ってないぜ。いや本当にマジで。


 自宅へと自転車を走らせる頃には暗黒職へと空の色が塗り替わっていた。

 街灯が照らし出す夕闇さんの肌色が視界をちらつくたび、彼女が幽霊なのではないかと錯覚してしまうが、幽霊が自転車を漕げるわけもない。聞くのは野暮だろうとその小さな疑念は胸中に留めておいた。


 秋津月乃というと、夕闇さんが連れ帰ってくれるようだった。俺には姿形が視えないので確かなことは分からないが、夕闇さんがそう言っていたのでそうなんだろう。夕闇さん達と別れる際、ちゃんと成仏しろよーと大きく手を振り回して精一杯のエールを秋津月乃へ送った。


 小早川さんが俺にそうしてくれたように。

 目いっぱいの気持ちを込めて。 


 俺が大きくエールを送った瞬間、何故か夕闇さんの自転車がガタガタ揺れてバランスを崩しそうになっていた。夕闇さんは離れていく何かを掴もうとするかのように、こちらへ手を伸ばしかけたが、伸ばした手を戻して胸に押し当て、穏やかな笑みで軽くこちらに会釈した。


 声にならない声で、”よろしくお願いします”と言われたような気もしたが、口の開き具合でしか彼女の言葉が判断できなかったので正確なところは何とも言えない。


……それに、一体何をよろしくされるんだが。


 急に自転車に重さを感じたような気がしたが、自転車を支える力も残っていないくらい疲労が溜まっていたのだろうと思い、俺は早々に別れて帰路についた。

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