霊体ダウジング

 アパートに帰宅した俺は、カップラーメンを啜りながら、使えそうな心霊アイテムがないかネットの海を泳いで探した。オカルト系の個人ブログや有名動画配信者のSNS、まとめサイトのネット記事など読み漁ること数時間、幽霊や怪異、心霊スポットや降霊術などホラー全般の情報が載っているオカルト総合掲示板のようなものを見つけた。ネット通販のページもあったので開いてみると、心霊アイテムがずらっと表示されて息を飲んだ。


 詐欺じみているかといえばそんなこともなく、お札やお守り、数珠といったオーソドックスなご加護のあるアイテムが数多く販売されており、販売元の神社や寺院も詳細欄に記載されている。値段も五千円から一万円と極端に高くもない値段。現代、ネット通販が販売の主流にはなっているが、まさか神社もこういう販売の仕方をしているのは意外な発見だった。

 

 良さげなサイトだと思い、画面をスクロールしていく。中には1個5万円の水晶といった高価な商品もある。魔除け系の商品がほとんどだが、モノ探し系の特殊アイテムはないだろうかとひたすらスクロール。そして、あるアイテムに目が留まった。


 それを目にした瞬間、俺は運命だと思った。

 これが巡り合わせだなと、感動の涙が出そうになる。人類の男達が喉から手が出そうなほど欲しい一品。なんとお値段3万円。効果に対して破格すぎるお値段。


 往復2時間、死体捜索2時間計4時間炎天下の中で死体捜索活動した疲労を一瞬忘れた。夢というのはかくも人から理性を奪うのだろう。念のためと恐る恐る背後を振り返るが、誰もいない。首なし少女が万が一後ろにいて画面を覗いていたらという小心がざわついたが、ここにいるわけもない。まぁ、いても視えないのだが。大丈夫だ。壁を殴るような音も聞こえない。死人といえど女子高生。男子の劣情を知られるわけにもいくまい。


 俺はそのアイテムを迷いなくカゴに入れて再び画面をスクロールしていく。30分ほど探しただろうか、膨大な出品数で未だに半分ほどしか見切れていないが、ようやくそれらしいアイテムを発見した。90度に曲がった銀色の棒が2本。


 ”霊体ダウジング”。


 霊体が放つ特殊なエネルギーをキャッチする幽霊探知アイテム。とある霊山の岩を加工して作られたダウジングで、かの有名な寺の坊主が49日間飲まず食わずで念を込め続けたという確かな一品。幽霊探知ができるという優れモノでなんとお値段1万円。


……………………うさんくせぇ~。


 しかも原料が岩でダウジングの色が銀色なので、加工した岩をそれらしく着色しているという点が胡散臭さに拍車をかけている。販売元は神社ではなくどこかの店名のような名称だったので検索してみると全国展開しているリユースショップだった。販売元が古物店とかで値段が5万円とかならそれっぽい一品に思えるが、値段も販売元もどっちも怪しい。


 ただ、貧乏学生の財布事情はひっ迫していて、あれもこれもと買えるわけではない。合計して4万円なら、ギリ大丈夫。来月のバイト頑張りまくれば……。


 俺は逡巡しながらもマウスをクリックした。


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 3日後に商品が届いたので、俺はその次の日の早朝からまた廃工場へ赴いた。

 

 ダウジングを両手に持って森を探索する。死体を隠すのならば、人目につかない奥まった付近を探すのが妥当だろうが、個人戦略としては単独ローラー作戦。手前から奥まで丹念に歩いてダウジングの反応を伺うことにした。


 やや早足で森を駆けていきながら、小学校の時の掃除の時間を思い出した。教室掃除の時の雑巾がけのような動きで、森のこちらからあちらまで行き、それから少し奥にズレてあちらからこちらまで戻ってくる。それをただひたすら繰り返す。蚊に刺されの跡が首や腕にできてむず痒くなり、暑さの他、痒みとの戦いも開幕した。昼になる頃にはバテバテになり、近くの木陰に腰かけて小休止した。


 汗は休むことなく流れ続けて時折目に入ってくる。バッグからタオルを取り出したところで、俺はまたシャベルの存在を忘れたことに気づいた。


 死体の在処さえ分かれば掘り返すのは明日以降でも問題ないさと自分の無能ぶりを慰めつつタオルで汗を拭う。水筒に入れたアクエリアスをがぶ飲みしてしばらくのんびりした後、気を取り直して歩を進める。


 探索2回目、収穫なし。俺の青春の日々が、夏の暑さによって氷のように溶けていく。まだ2回目、だれるわけにはいかない。


 アパートに帰宅後、疲労困憊の身体を引きずるように風呂場に向かっていき、身体にまとわりついた汗をシャワーで洗い流した。一通り身体を洗った後、冷水に切り替えると、これまた最高に気持ち良い。


 一日中動き回った疲労のせいか食欲は減退気味だったので、夕飯はコンビニで買ったチキンバーとサラダを食し、麦茶で流し込んだ。そして昨夜、霊体ダウジングの他に購入した木製のネックレスを身に着け、ベッドに寝転がる。同封された説明書の通り、両手を合わせて額に意識を集中させる、いや”気”を集中させる。額に小さな穴があり、そこから中身が抜けていくイメージを何度も想像し反芻する。


「…………シュッ、シュポッ。…………シュッ、シュポッ」


 説明書に記載された念仏を繰り返し唱えながらイメージを何度も走らせる。


……あ、抜ける抜ける。抜けていく感じする。


 念仏を唱えながら、そのまま眠りについた。


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 早朝、俺は怒りとともに起床し、木製のネックレス、通称”幽体離脱の輪”をゴミ箱に投げ捨てた。冷蔵庫から取り出した麦茶を喉に流し込んで沸騰した頭を冷却させる。


 落ち着け、思春期の男子にはよくある失敗じゃないか。しょせんは三万円だ。風俗で失敗したのと同じくらいの金額だろう。笑い話になるくらいでちょうどいい。今度城先輩に笑い話として提供してあげよっと。


「ッアー――――――――――――――――!!!!!!!!」


 悲痛な嘆きを散々吐き出した後、苦情を呈す壁ドンの連打が隣室から鳴り止まなかったが、身に余る怒りから理性を失った俺は、逆切れが如く、壁を殴り返してやった。少しスッキリした。数刻の後、管理会社からお咎めのご連絡があってようやく冷静さを取り戻すことができた。


 俺はその日、ホームセンターで購入したシャベルを片手に廃工場へと自転車を走らせた。その日も前日と同様、ローラー作戦を敢行する。


 飽きたとかつまらないといった感情は徹底的に排してひたすら無心に歩き続けるが、ダウジングはぴくりとも反応しない。このダウジングもパチモンではないかという疑いは強引に頭から振り払っている。それを疑いだしたら、打つ手が皆無に近くなってしまうからだ。行動をしない理由ではなく、できる可能性を模索し、何度も試行する。淡々とこなす。俺みたいな凡人ができることは、誰にでもできる努力を継続することだけだ。


 黙々と歩き続けていると、ポケットからスマホの振動が伝わり、スマホを取り出した。リトルボーイの店長からだった。


 名前を見た瞬間に今日が出勤日だったことを思い出し、暑さとは違う変な汗が流れた。


「…………もしもしお疲れ様です蝶野です」


『あ、蝶野君、今日出勤だけど遅刻?』


 やっぱり……。


「すいません、忘れてました……。今から急いで行きます。12時越えるかもしれません」


『あーいいよいいよ。平日だしお客さん少なそうだし。代わりの子ホールに入ってもらうから』


「気をつけます。本当すいません」


『忘れないようにね。次の土曜出勤だけど、来れるんだよね?』


 怒っているわけではなく、バックレを危惧しているのが口調から伺えて余計申し訳なくなってしまう。


「来れます来れます。ちゃんと行きますんでホントに。すいません」


 何度も謝罪をして通話を切り、大きなため息をついた。

 

 感情に従って判断して行った行動が結果的に良い方向に繋がると小早川さんは言っていたが、今のところ俺と店長に不幸しか与えていないような気がする。今日はもういくら悔やんでも仕方なしと気を取り直し、再びローラー作戦に戻った。


 炎天下をひたすら歩き続けるが、ダウジングは現在も反応なし。地面に思い切りそれを叩きつけて、これもどうせパチモンだろと怒鳴りつけたくなる衝動が湧き上がってきたのでなんとか抑え込む。このダウジングを信じ続けるしか今のところ手段がないのは分かっているが、このダウジングもやる気がなさそうに首をふらふらとさせているだけで歩くたびに腹が立ってくるのだ。


 突如、吐き気がこみ上げてきて口を抑える。

 頭痛が走り視界がもうろうとし始めたので、熱中症かもしれないと感じた。現在は昼の12

時過ぎ、今に至るまで数時間、水分補給を取らず休憩なしで歩き続けていたので、身体が悲鳴を上げ始めたのだ。

 

 朧気な意識をなんとか保ち、木陰に置いたリュックまでフラフラと歩いていく。Tシャツは汗まみれ、身体が鎧を纏っているように重たく、一歩一歩を踏み出すたびに横によろけて倒れそうになる。木の根に躓いて前に思い切り倒れこんだときは意識が途切れかけそうになった。


 ここで意識を失っても助けてくれるような人はこんな廃墟にはいない。高齢者が熱中症により家の中で死亡したニュースが頭をよぎり、なんとか意識を踏みとどまらせて立ち上がる。


 直射日光に当たらないように陰になる場所を選んで歩みを進め、なんとかリュックのある木陰までたどり着いた。

 木に寄りかかり、ホッと息をつきながらリュックを漁った。


……………………あぁ~、しまった。


 リュックの中を漁り、諦めたように脱力した。無理やり踏みとどまらせていた意識は、線が切れたように遠のいていく。


 廃工場に向かっている最中、シャベルの重さのせいでリュックがやけに軽い違和感に全く気づいていなかった。視界が暗転し、俺は意識を失った。

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