首なし少女の死体探し

 次の日は、バイトが入っていない一日フリーの日だったので、俺は自転車でおよそ1時間かけてあの廃工場にやってきた。夏の炎天下での自転車走行は言うまでもなく苦行で、Tシャツとズボンは汗でぐっしょりと濡れ、着衣水泳の後のようになっていた。


 漕いできた自転車は森の木陰に目立たないように置いて、廃工場出入口の背の低いゲートを乗り越えて敷地内に侵入する。


 2つの隣接した工場と2階建て事務所があり、その背後に鬱蒼とした森が広がっている。ひび割れたアスファルトからは草が伸び、不法投棄された家電製品が入り口付近に転がっている。管理者不在で長らく放置されている物件であるのが伺えた。


 2つある工場のうちの一方に入ってみると、中はほんのり涼しく、埃っぽい匂いが鼻を突いた。埃の被ったベルトコンベアーが2台並んでいて、奥にはトイレットペーパーのように巻かれた巨大な原紙が積み重なっていた。


 恐らく製紙関連の工場なのだろう。自社で仕入れた材料や製造機械が処分されずに放置されたまま残っているのだ。コンベアーは錆びきっていて、外面の塗料がほとんど取れている。


 コンベアーの間の広いスペースを歩きながら周囲を見回す。死体を隠せそうな場所はあまりない。通路からは見えづらい、製造機械の脇や大量に積まれた材料の合間なんかに置けるスペースはあるっちゃあるが、そんなところに隠す馬鹿はいないだろう。


 工場内には小さな事務室が設けられており、4台のデスクや冷蔵庫、ロッカーが置かれていた。俺は恐る恐る冷蔵庫とロッカーの中を次々と開けてみたが、当然そこには何もなかった。死体は腐敗が進むと強烈な臭いを発すると聞いたことがある。野ざらしで置いたのなら、

ここをたまり場にしている輩や俺みたいに心霊スポット目当てで来た人間に臭いで気づかれてしまう。


 俺や城先輩のように暇を持て余してここにやってくる輩は1人や2人ではない。事件から数年もの月日が経っているのだからそれなりのホラー好きが訪れていることだろう。それでは、なぜあいつはその中で俺を選んでついてきたのだろうか。俺に一目惚れでもしたのか、まっさかー。考えても結論は出ることもないので、死体探索に意識を戻す。


 1つの工場を一通り探し終えたので、通路を渡って隣接したもう一方の工場に侵入する。鍵は壊されていたのでピッキングのスキルは必要とせず、難なく入ることができた。ドアノブ自体錆びて外れかかっているレベルなのだ。


 もう一方の工場には印刷機が4台据えられており、こちらもコンベアーと同様、かなり錆びと汚れが目立つ。殺人事件が起きていなければノスタルジックすら感じてしまうかもしれないと思える景色だった。ローラーの入った印刷部の間を覗き込んでみるが、油やインクの固まりが見つかったくらいで、肉片1つなさそうだった。


「……死体はやっぱ埋めるに限るよな」


 死体遺棄経験者のように独りごちてしまったが、俺は当然経験者ではありませんので、今の独り言を聞いて勘違いした幽霊さん達が襲ってこないようにと祈った。さすがに2人目3人目がウチについてこられても困る。


 外に出て森を見渡すと、まずどうやって探し出せば良いのだろうという単純にして最も困難な問題にぶち当たる。有名なサイコメトラーが、被害者の遺品に残っている残留思念から死体の場所を突き止めるというテレビ番組を昔見たことがあったが、俺にはサイコメトリーの能力はない。それに首なし少女は現在夕闇さんと同居していてここにはおらず、おまけに当人は記憶を失っているという三重苦。夕闇さんに協力をお願いするというのも、散々苦しい言い訳を並びたてた手前、こちらから提案できることではない。


 思考が八方塞がりになっていくのを感じながら森の中をただ歩く。リュックから2リットルペットボトルのお茶を取り出して水分補給し、リュック内にしまったところで、俺は致命的なミスに気づいた。


 土を掘るためのシャベルという存在自体を忘れていた……。家にあっただろうか。そもそもスコップはリュックに入るがシャベルの場合そこそこ大きいので、片手で持ちながら自転車を1時間漕がなくてはならない。


 非常に面倒だが、必須アイテムな上、無策で森をこれ以上彷徨うのは得策とは言えない。まだ夕方にもなっていない時間帯だったが早々に帰宅した。帰宅する最中、俺は死体を探すための良いアイディアがないか考えた。


 そういえばと、昔やっていたとあるアニメを思い出した。


 生徒に襲い掛かってくる幽霊や妖怪を倒して学校の平和を守る先生が主人公のホラーアニメだ。先生は、右手に封印された鬼を解放することで鬼の手を顕現させ、それを使って

幽霊達を倒していくのだが、幽霊探しや結界張り、呪いを封印するためにさまざまなアイテムを使っていたのだ。鬼の手は現実的ではないが、心霊系のアイテムは実在しているかもしれないという浅い閃きがよぎった。


 少なくとも手段が0ではないということだから。気分が若干上向きになり、自転車のペダルを漕ぐスピードが加速する。調子に乗って立ち漕ぎをしたら、宙を羽ばたく虫が顔に激突したのですぐに減速した。

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