首なし少女の死体探し
図書館と漂白系女子
夏の昼下がり、クーラーをつけてないアパートの部屋の室温は体感で40度を超えているだろうと汗ばんだ額を腕で拭いながら感じた。無料のサウナのようだ。
バイト代と申し訳程度の親の仕送りで生計を立てる貧乏大学生が切り詰めるところといえば食費と光熱費。扇風機が届けてくれるのは熱風で、コップに入れた麦茶は一瞬で氷を溶かして生ぬるくなる。
素麵をすすりながら、テレビを眺めていると、クーラーを付けず家の中で熱中症で亡くなった高齢者がニュースで報じられ、水分補給を忘れず熱中症対策をしっかりしましょうという月並みな締めくくりだった。
図書館で涼もうかと腰を上げると、クーラーを付けろと抗議しているのか、丸テーブルが叩かれる音がする。お前は暑さを感じるのかと内心こっちが抗議したくなったが、そんな事を言うと太鼓を叩くように壁を何度も殴りつけられて隣人からまた苦情を言われるので、俺はその小さな抗議を黙殺して部屋を出た。
館内は冷房天国で、体中の汗を通して感じる冷風が心地よかった。汗ばんだ体のまま椅子に腰かけるのも気持ち悪いと思い、好みの本を探しながらブラついてると、奇妙な見た目をした女子がカウンターへ向かって歩いている姿にぎょっとした。
死体が歩いているのかと疑ってしまうほどに漂白された白の肌色を持った女の子だった。この世界から彼女だけが浮いてしまっているような非現実が図書館を闊歩している。
受付カウンターで本の貸し出し手続きをしていることから、その漂白系女子は、幻覚でも幽霊でもなく、確かに生きている人間だった。当然、誰からも視認されない、バニーガールのコスプレをした女子高生というラノベ風味なわけもなく、水色のストライプのシャツに白のロングスカートという涼し気な格好をした普通、いやかなり綺麗な女子で、思わず見惚れてしまった。
どうやら受付が終わったようで、出口方面へ、つまりこちらへと歩いてくる。本を探すフリをしながら横目で軽く漂白系女子のビジュアルを確認すると、セミロングの黒髪で切れ長の目をした女の子だった。
高校生くらいだろうか、やや大人びた落ち着きと、どこかに惹き込まれてしまうような
蠱惑的な妖しさを纏っていて目が離せなくなる。何より、病的なまでの白い肌に対照的な紅い瞳はどこか別の世界を映し出しているかのような非現実感を秘めていて、生きている人間らしい温度感がまるで感じられなかった。
俺の凝視に気づかないわけもなく、漂白系彼女はこちらを一瞥して一瞬立ち止まる。
しまった、と思ったが彼女いない歴年齢の俺に美人相手は荷が勝ちすぎていて咄嗟の言葉が思いつかずしどろもどろになる。彼女の方はというと、ニコリと軽く笑みを返して横を通り過ぎて行った。
可愛すぎる。これなら生きてても死んでてもどっちでもいいかと思えたが、テーブルや壁を叩いて無言の抗議を連発してくる同居人の誰かさんを思い出して、前者に一票。賛成多数で可決した。
その後適当にチョイスした本をテーブルで読もうとするがどこか集中できず、ぼんやり彼女の顔を思い浮かべながら過ごしていると、いつの間にか窓から夕日が差し始めていた。なんという無為な一日。これが大学生の夏休みとしてあるべき姿であろうか。断じてあるわけない。
図書館を出ると、ムワッとした湿度の高い空気が身体を包んできて、自転車のペダルを漕ぐ足を鈍らせた。帰ったらむくれているかもしれない誰かさんを察して、レンタルDVD屋に寄った。ホラー映画を何本か適当に見繕ってレンタルし、アパートに戻った。
夏と言えばホラーという定番を求めて借りてきたわけではない。これがあれば同居人の抗議が和らぐという配慮が理由だ。豚がとんかつを美味しそうに頬張っている看板を掲げているとんかつ屋が大学近くにあるが、それと同様の奇妙な矛盾を感じてしまう。
ホラー映画鑑賞中にその矛盾さに思わず笑ってしまうと、同居人は馬鹿にされていると察したのか、嫌がらせのように耳元に息を強く吹きかけて俺を驚かせる。画面のフィクションに驚く前にリアルホラーおるやんけと内心ツッコミを入れたのは数知れず……。
昨日今日に続いて3日連続の素麺に冷凍コロッケをレンチン。材料費だけなら総額200円にも満たない激安夕飯。レンタルしたホラー映画を流すと、同居人は夢中になっているのか部屋が物静かになった。
内容はというと、大学生のグループが夏休み中リゾートバイト先で怖い目に遭うお話らしく、前半は海の家で仕事をしたり、他のリゾートバイト仲間達と海水浴。弾ける海の雫に躍動する若い男女の肢体がまぶしく、弱者男性予備軍の俺は顔をしかめる。
そんなカースト最下層の俺を慰めるように肩を優しくさすられた感触がしたが、横を見ても誰もいない。いや、何も視えていない、という表現が正しいだろう。
「俺もおっぱいが大きくて可愛い後輩ちゃんなんかとイチャラブしたいなぁ……」
寂し気にひとりごちると、頬に強い衝撃を受けて首が180度回った。いや、180度回ったらさすがに死んでいるので恐らく90度くらいだと思うが、受け身のない状態での強烈な平手打ちに、頬よりも首を痛めた気がする。
俺の頬を打撃してきた手はやや小さめで華奢な印象を受けたが、そこから繰り出された平手打ちは大きさに見合わないくらいの強さだった。この横にいるであろう同居人が彼なのか彼女なのか、子供なのか大人なのかすら俺にはまだ判別できていない。
分かっていることといえば、文句がやたら多くてホラー好きというところか。俺の部屋から出て行ってくれないので、引きこもりも追加しておこう。
「もしかして癖の強い独居老人なんじゃねえかこいつ」
直後、後頭部に受けた打撃を感じて分かったことは2つ。
恐らく高齢者ではないことと、バイオレンスな気質の人であるということ。
うわぁ、なんかヤンキーの兄ちゃんって感じしそうだなぁ。
そんな憂鬱から目を背けるように明日の予定を考える。
「明日は何しようかなー。あ、バイトか」
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