殺意の行方
病院をこっそりと抜け出して向かった先は、渋谷駅ハチ公前出口だった。
月曜日ではあるものの、祝日のせいかごった返すような人混みで、待ち合わせだけでも一苦労になると予想した矢先に、夕闇さんからメッセージが来た。
『服装を教えてくれる?』
『黒いコートに青のジーンズです。そちらはどんな服装ですか?』
相手を探すための服装のチェックだと思い、こちらも質問を返したのだが。
『分かったわ。そのままセンター街前のスクランブル交差点まで歩いてきて』
センター街で待ち合わせだろうか。待ち合わせならハチ公前でよかっただろうに。
わざわざ渋谷のセンター街まで来てまでやることとは……有名な除霊士さんに会わせてくれるのだろうか。いや、彼女の突発性と茶目っ気を考慮すると、死ぬ前に一度デートしてあげる……なんて、ないだろうな。
寝不足の頭がありもしない夢想を膨らませながら、もしかしたら助かるかもしれないという一縷の望みは、小さな期待感をちらつかせて俺の胸をざわつかせる。浮足立った両足は、前へ前へと歩を進め、交差点で信号待ちをする雑多な人混みの先頭に立った。
これだけ近くに多くの人がいるのに、彼らの見ている景色は今の自分とは全く違う。これから会う友達、恋人、家族、自分達のそれぞれの現世の日常が在って。でも、自分だけ、それらから切り離された全く違うところに在る。
それでも。
川のように行き交う車の流れを渡った先に
現世への小さな救いの穴があると信じて俺は――――――――
「ごめんなさいね」
不意に、背後から小さな声がした。
どこか聞き覚えのある、女性の声だった。
――――――――え。
それは唐突だった。
身体がエビのようにのけ反り、やがて視界が地面に急接近する。受け身も取らなかった身体がアスファルトに打ち付けられ、あとからきた痛みとともに、自分が後ろから背中を押されたことを理解した。
上半身を起こして立ち上がろうとした瞬間、目の前で火花が散った。
身体が宙を舞っている一瞬でも、何故か不思議と、思考は冷静に現状把握に務めることができた。車に跳ね飛ばされたのだと。
空を舞い、メリーゴーランドのように左右に走っていく視界の端で、黒いマウンテンパーカーを来た人間を捉える。フードの奥で2つの鮮やかな紅色の瞳が、人混みの中でもはっきりと分かるほど怪しく輝き、舞い散る俺を静かに観察していた。
見覚えのあるそれが誰だったかを思い出す前に、脳に強い衝撃を感じて思考は遮られる。 生暖かい液体が頭から流れ出て、地面に横たえる頬を少しずつ濡らしていく。痛みはなく、ただ眠るように意識が少しずつ遠のいていく。
意識が遠のいていく直前、目の前に広がる景色は実に滑稽だった。スマホをこちらに掲げ、興味深げにシャッター音を切る人間達。
――これやばくね?血ぃだらっだらじゃん。死ぬべ?死ぬべ?
――SNSに上げてインプレッション稼ぎしようぜ
――今日の合コンのネタ用に写真撮ろーっと
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
驚きと憐憫の奥に潜む好奇の眼差し。彼らは俺を通してあちら側を覗き見ようとしている。
ニタニタと笑う彼らの間に、いつからいたのか、黒い木が不自然に立っていた。
俺を静かに見下ろしていたが、写真を撮り終え満足して去っていく彼らとともに、黒い木も遠くへ遠くへと離れていく。どんどんと視界から小さくなっていき、やがて視界の外へと行ってしまった。
そして俺は、意識を失った。
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