第54話

        【2】


スウィンは出来る限り高所の飛行を続け、キララが空以外を目にしないように心がけた。


解決策を見つけるとは言ったものの、キララが言う通り確実性は全く無い。

しかも出発するまでのたった1年弱では、あまりに時間が無さすぎる。

大丈夫なんかじゃ無いのだ。


でもスウィンは、決していい加減なことを言ったわけでは無いと自分に言い聞かせた。

キララの為に限界まで、いやそれ以上に努力する決心をしていたから。


スウィンは、キララの活き活きとした晴れやかな笑顔が本物になる日を待ち望んでいる。


                      


オーストラリアに着いてからも高所飛行を保ち、スクエア.キロメートル.アレイも上空から眺めるにとどめた。

時間も短く制限して、速度は落としたけれど殆ど素通りした。


食事も軽い運動も睡眠も上空の車内で済ませ、1週間かけて南アフリカ、イタリア、スイスと電波望遠鏡を辿って行った。


キララは全て問題無くクリアした。


                        


その後スウィンはパリやロンドンを始め、人工物の多い都市に降り、ショッピングや遊びの楽しみをキララに経験させた。


キララは喜々として楽しんでいた。

スウィンもホッとする。


ロンドンでは、キララが自費出版を依頼したがっていたレトロで小さな出版社に、キララ自身が連れていってくれた。


キララは心から楽しんでいる様子だった。


                        

遠くに山々が見えるドイツの街にも降りてみた。

既に晩秋で、山々は白い帽子を被っている。


ウィンドショッピングをしていると、ハラハラと雪が舞い降りてきた。


「雪だ………」


スウィンは空に向って目を閉じ、冷たい雪を堪能していた。


突然、か細くて冷たいキララの手がスウィンの腕を痛い程掴んだ。


スウィンはハッとして目を開けた。


「キララ………」


キララは青ざめた顔でぶるぶる震えている。

その瞳は、山々に向けられていた。


「キララ! 僕が居る! 僕が此処に居る!」


スウィンはキララをしっかりと抱き締めた。


キララの息が荒くなっている。


「目を閉じて!山を見るな!」


キララは今にも壊れそうだ。


「何処か店の中に入ろう!」


斜め前方にレストランを見つけると、急いで店内に入った。


怪訝けげんな顔をするウェーターの案内を無視して、壁際の席に座った。


「キララ、深呼吸して」


キララは素直に深呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いた。


「エレナ博士と外出した時より感じ方が強くなってる………

質も少し違うような気がする」


「質?」


「えぇ、山々が私に語りかけてきたの………


山々の心を感じたわ………

山々はもの凄い恐怖と共に、深い悲しみと苦しみを抱いていた………


私が感じる恐怖は山々の、つまり全自然のものなのかもしれない………


今までもずっとそうだったのかも………

ただ私が自分の恐怖としか感じられなかっただけで………」


「自然の心と君が同化するってこと?」


「そう………


自然が私に何か伝えたがっているのかも………」


スウィンは天井を見上げながら大きく溜め息をついた。


スウィンの妄想とキララの予想が合致したのだ。


ーーーーやはり自然が、そして宇宙が、キララと繋がろうとしているのか………ーーーーー


                       


ウェーターがオーダーを取りに来た。


今日はこれ以上移動しないことに決めて、二人ともソーセージの料理とビールをオーダーした。


「今時ウェーターなんて珍しいね」


キララは苦しそうにうつむいて頷いた。


「彼はアンドロイドよ」


「分かるの?」


「彼だけじゃ無いわ。

スタッフ全員がアンドロイドよ。


お客さんの中にもアンドロイドが居る。


あそこの窓際に居る女性もそう」


と言いながらキララがチラっと視線を向けた場所で、人間にしか見えないキララやスウィンと同年代くらいの女性が、目の前の男性と語らっている。

しかし豪快に食べ飲んでいる男性を見つめながら、女性は食べも飲みもしない。

女性用の皿もコップも無かった。


「何も口にしてないから?」


「違う! 感じるの。


脳にチップを入れている人も分かるわ。


チップのレベルも分かる!


あぁ〜、皆悲しみに満ちてる………」


「分かるのは前からなの?」


「この旅を始めてからよ。

少しづつ強くなってる………」

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