第52話

        【2】


「おはよう

ウユニ塩湖に向っているんだよ。

ほら、見えてきてる」


キララは起き上がって塩の湖を見つめた。


「えっ? 空が下にも…………」


「あれは塩に上の空が映っているんだ」


「あぁ……写真で見た記憶があるわ………


私の部屋の天井を開け放している時間いつも空を見ていたから、地面も空なら私も平気かなって思っていたの」


「空には恐怖を感じないの?」


「えぇ、大丈夫」


「慣れたってこと?」


「いえ、最初から大丈夫だったわ。


山々や植物みたいな地球上の自然で恐怖に陥った時、空を見ると落ち着いたりするくらいよ。

寧ろ空には懐かしさを感じるわ」


「昼の太陽や夜の星々は?」


「うん、大丈夫!」


またしても、宇宙がキララに寄添おうとしているという妄想がスウィンの脳裏を過ぎったけれど、すぐに打ち消した。


ーーーーー地球上の自然は、我々に直結した存在だから直に恐怖を感じるが、宇宙そのものは恐怖を感じるにはあまりに遠い存在だというだけのことなのか?


キララで無くてもそれは理解できる。

実際何度となく宇宙に飛び出して、宇宙への恐怖と言ってもいい畏怖の念が嫌と言う程身に染みている僕だが、地球に居る間は憧れの方が強い。

キララのものとは違うかもしれないけれど、ある種の懐かしささえ感じる………ーーーーー


これまでスウィンは、宇宙に感じていた『懐かしさ』を繋がりがあるからだと思っていたが、それも疑問に思えてきた。

というより、キララが宇宙との繋がりを持っていないという見解に疑問が湧いてきた。


                       

「もうすぐ夕陽だよ。

その後は星空を堪能しよう!」


「外に出る?」


「いや、ウユニ塩湖は可也標高が高いから、僕達が気圧の変化に耐えられなくなる可能性を考えると、このまま気圧調整機能のあるこの中で楽しんだ方が良さそうだ」


出来るだけキララに外での悪い印象を持たせたく無いとスウィンは思っていた。

今回の外出がトラウマになってキララの立ち上がりの妨害になるようなことだけは避けたい。

絶対無理はしない。 スウィンはそう決めていた。


「そうね。

良かった。 直接外の空気に触れながら見ることにはちょっと自信が無い」


スウィンは最初にこの場所を選んだことに内心ホッとした。


                       

「うわ〜! 私達空のサンドウィッチだね!」


キララは宇宙へ繋がる空と塩の鏡に映る空を見比べながら素直に歓声を上げた。


「さぁ、この辺で良いかな?!」  


ウユニ塩湖に入って暫く行った場所で、スウィンはエアカーを宙に浮かせたまま静止した。


太陽が地平線に近づいて、辺り一面に少しづつ赤色が溶け込んでいる。


ウユニ塩湖は、観光車が運んだ土埃つちぼこりが、強い日差しと、吹き荒れる風で再び地表に上がり茶色に色づいたり、やはり観光客が捨て残すプラスチックごみ等の汚染が問題になった時代も有ったが、車もエアカーが主流になり、ごみ規制を厳しくしたことで美しさを取り戻し、未だ美観が保たれている。


「地球って美しいだろう!

こんなに美しい星は滅多に無いと思う。

内から見ても外から見ても美しい!


地球を離れてまた地球に戻ってきた時、毎回感動するんだ『宝石より美しい星だ』ってね。


そしてこの地球に生まれたことを心から幸せだと、いつも思う。

地球人であることに大きな誇りを感じるよ」


キララは、黙って沈もうとしているオレンジ色の太陽を見つめている。

余計なことを言ってしまったかもしれないとスウィンは後悔した。


スウィンは簡易キッチンシステムでお湯を沸かし、コーヒーを入れた。


沈黙を続けているキララが気になったが、ノウテンキなふりをしてコーヒーの入ったカップをキララに手渡す。


「いよいよだな………」


キララの返事は無い。


太陽が地平線に接触し始める。

どんどん吸い込まれていくが、塩湖に映る太陽と合わさって円の状態が暫く続いた。


太陽は姿を無くしても輝きの余韻を残し、まるでその存在を『忘れないで』と言っているようだ。


スウィンはキララの沈黙を感動のせいだと思い直して、自分も沈黙を保っていた。


とうとう太陽は去っていった。


暗闇から少しづつ星々が浮き出てきたところで、スウィンはコーヒーを一口飲むとキララの様子を覗った。


胸元で大きなマグカップを抱き、淡い湯気を見つめるキララの儚い姿が闇の中に有った。

微かに見えるキララの表情に、恐怖が浮かんでいるのをスウィンは見た。


「キララ!」


キララは震えていた。

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