第48話

        【2】


「キラ………」

呼びかけようとした途端、キララは人差し指を唇に当ててスウィンを制した。


スウィンはキララの目をしっかり見つめて頷いた。


「貴方がもっと早く訪ねてくださると思って、ずっと前にクッキーを焼いてたんだけど、ちゃんと保管してあったからまだイケる筈よ!」


キララは何事も無かったように他愛ない話を始めた。


「紅茶にする? コーヒーにする?」


スウィンもキララに合わせて世間話に集中した。


「キララはどっちにするの?」


「私はいつもロイヤルミルクティなの」


「じゃ同じに」


「了解!」


キララは冷蔵庫から蓋付きのレトロな薔薇模様陶器箱を取り出した。


蓋を開けながら


「先に召し上がれ。 今小皿を出すわ」


と、すぐ食器棚の方へ引き返した。


キララの部屋は本当にひと昔前の趣きで、200年くらい前の家電や家具、陶器の食器、小花模様の壁紙、カーテン、手作りのクッション、ビスクドール、等々、スウィンも初めて見る魅力的な物達に囲まれていた。


ーーーーー此処は癒されそうだなぁ………

だけど古い物は何処で手に入れたんだろう………?ーーーーー


スウィンは意識的に害の無いことがらで頭を満たした。


スウィンが感心しながら室内をたっぷり見渡していると、キララがレース状に縁取りされた白い陶器小皿を持って戻ってきた。


「これクッキーの取り皿」


言いながらキララは、小皿の下に敷いてあるメモ用紙を指差し、鋭い目でスウィンにアイコンタクトを送ってきた。


スウィンも目で返事を送り、キララがお茶を入れに行っている間にメモを見た。


ーーーーー詳しいことは、後でソフィアの所へ行ってから話すわ。

此処では、アンドロイド達に聞かれても良い話だけにしてほしいのーーーーー


キララの背中は緊張で固まっている。


スウィンは敢えてノウテンキな話題を提供した。


「わぁ〜、クッキー美味いよ!」


「あぁ良かった! 好きなだけ食べて!」


そう言いながら振り向いたキララは『読んでくれた?!』と目で問いかけてきた。

スウィンはすぐ頷いて了解の合図を送った。


キララはホッとしたように固まった背中をほぐし、大きな溜め息をついた。


ーーーーーキララはいつからこんな緊張状態で生活しているんだろう………ーーーーー


スウィンはふと気がついて考える内容を切り換えた。


厚手のカーテンで閉ざされているので、人間であれば外からこちらを見ることは不可能だが、相手がアンドロイドでは何とも言えない。

現実にスウィンもその可能性を実感したのだから。


ソフィアが、後で自分の所に寄るように言っていたのも、この事がらみでの意味かもしれない。


                       


アンドロイドをかわす為の当たりさわりの無い会話だったけれど、キララにとってもスウィンにとっても新鮮で楽しい時間だった。

スウィンは、旅の話に夢中になり、夕日や朝日のベスト10、湖のベスト10、美しい山々ベスト10、迫力ある山々ベスト10、海の色ベスト10、土地柄や人柄のアレコレ、美味しいもののアレコレ、等々止めど無く喋り続けた。


キララも愉快そうに笑い、心から楽しんでいる様子だった。


「スウィンのベスト10には、必ず一つは日本とイギリスが含まれるのね(笑)

エコヒイキじゃない!(笑)」


「あるかも(苦笑) 自分の原点を感じたからね!」


「正直でよろしい!


でも少し分かる気がする。

私もエレナ博士に日本とイギリスへ連れていって頂いた時、なんか懐かしいような、贔屓ひいきしたくなるような親近感を感じたもの」


ーーーーーエレナ博士がキララを造ったからだろうか……?ーーーーー


そんな思いが、一瞬スウィンの脳裏を過ぎったけれど、スウィンはまたすぐ切り換えた。


「でも、日本もイギリスも美しいものが美しいままで残されている場所が多いことは確かだよ。


同じ島国として似た感覚もあるしね。

遥か昔から、自己文化を守り易い環境だったということも島国ならではの部分はあるだろうし」


「そうね、日本とイギリスって、基本的に近いものがあるような気がするわね。

アニミズムにしても、そこから生まれる精霊的な発想にしても。


ねぇ、ソフィアのラストネーム知ってるでしょ」


「たしかカルラだったよね。 ソフィア•カルラ」


「そう!

ソフィアの御母様はイギリス人だけど、御父様はインド系の人でね、カルラって仏教の守護神でしょ。

そのカルラに対して西洋の神の叡智えいちを意味するソフィアと名付けたんですって。

全ての多様性を受け入れられる人間であるように。


あのソフィアを生んで育てた親御さんらしい名付け方よね。


それにソフィアって、本当に美しい響きだわ………」


「そうだね……… ソフィアにピッタリの名前だ。

あのエキゾチックな顔立ちは、インドの血が入っているからなんだね………」


「えぇ、私の憧れの人………」


                      


随分ずいぶん話したなぁ………


そろそろおいとまするよ。

あちこち寄らなきゃならないからね」


スウィンは敢えてソフィアの名を出さなかった。


「こんなに笑ったの久しぶりだよ!  凄く楽しかった!

また来るね!」


「えぇ、また是非いらして!」


と言いながら、キララは心此処にあらずでそそくさとメモを書き、スウィンが立ち上がるのと同時にメモをスウィンの目の前に滑らせた。


********私もすぐソフィアの所に行くわ********


と記されてある。

スウィンはキララの目を見つめながらしっかりと頷いた。

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