第45話

        【2】


身も心もベットに吸い込まれていく過労感に襲われながら妙に目が冴えて、暫くはキララとの会話、両親との会話を反芻はんすうし続けた。


考えても考えても答は出ない。

しかも、既に踏み出してしまったことでもある。


ただ、何を置いてもやるべき事は確実に存在する。

キララに対する責任を最後まで果たすことだ。

その為にまず何が出来るのか…………


全ての前提として、遺伝の繋がりに匹敵する程の深い『愛情』が必要だろう。

その裏打ちが有って初めてキララは『人間として前進出来る』のだ。


とは言え、遺伝子が持つ宇宙の愛を与えることは不可能である。

でも親の愛に近いものは、アーロン博士とエレナ博士が与えることが出来るだろう。


                       


スウィンは両親に『愚か』だと言い切ったことを恥じた。

確かに愚かなことだけれど、大切な証を残し伝える希望を持ち続けることも、宇宙人としての人類に課せられた義務なのかもしれないと改めて思った。


そして『造られた人類は本物の人類では無い』と言い放ったことを深く後悔した。

その言葉を含め、スウィンが人工人間について言及した全てがキララを完全否定することに気づき唖然とした。


それから、冗談で『アンドロイドの方が君と距離を置きたがったのかもしれない』とキララに言ってしまったが、事実そうだったことに驚愕し、戸惑いと焦りで冷や汗が流れた。

自分はなんて無神経な人間なんだと自分を責めた。

キララを子供だなどと感じながら、自分こそキララの何倍も子供だと項垂うなだれた。


そして、キララは何もかも分かっているんじゃないか、そんな気もしてきた。

キララの為にスタッフ皆で偽造した『キララの半生』のことも、自分が何者なのかも、アンドロイドの方から距離を置かれたことも、全て全て全て…………


悶々と思いを巡らせながら、スウィンは深い眠りに落ちた。


                        

************* 底無しの暗闇にスウィンはただ独りで居る………


何か大きな液体の雫が目の前を落ちていった…………


数秒後、雫が巨大な体積を持つ水溜まりに落ちた音がポチャンと響いた………


音はコダマして響き渡り、永遠に続くかと思われた………


ただただ孤独………孤独………孤独……… *********


スウィンはいきなり目を覚ました。

まだ半分は夢の中……


あの言いようの無い孤独………

夢とは言え、もの凄くリアルに感じていた虚無………


あれがキララの心を満たしている孤独なのだろうか………?


スウィンは、救いようの無い虚無感から抜け出すことが出来ず、暫くベットに横たわったまま虚無を見つめていた。


少しづつ現実の感覚に呼び戻されたスウィンの頭の中で『何か狂っている!』『いつかバチが当たる!』という声が響いていた。


スウィンは眉間を押さえて立ち上がろうとした途端、貧血のように少しふらついた。


既に9時を過ぎたところだった。


改めて深呼吸をすると、シャワーを浴びた。


このシャワーの現実感、覚醒感がキララには有るのだろうか………?

人間の感覚全ての源が宇宙との繋がりだとすれば、何もかも我々とは違った感じ方をしているのかもしれない。


キララと会うことは暫く出来そうに無い………


スウィンは、シャワーを終えるとすぐソフィアに会いに行った。


キララのことから両親との会話のことまでを掻い摘んで話し、ソフィアの率直な見解を聞きたいと申し出た。


「私も此処に来てキララのことを知った時は、正直ショックだったわ。


半年間悩み続けた(苦笑)


今でもはっきりした答は出せないわ。

当然よね。 答なんか無い!

貴方が言うように、既に踏み出してしまったんですもの。

強いて言えばそれが答………


キララに関して言えるのは今のところそれだけよ。

キララが最初で最後、二度とチャレンジしないということは、エレナ博士とアーロン博士、そして関わった全スタッフにも納得させたし、私も徹底的な監視を怠らないつもりでいる。


だけど、キララには最後まで責任を果たしてもらうし、私も存在を知ってしまった以上、また此処に居る限り、全責任を負うわ。

人類の証としてでは無く、普通の人間としてね。

もしキララを何かに役立てようとか、実験に使おうなんて動きが見えたら、断固戦う覚悟は出来てるわ(笑)

いつでもキララの盾になれる。


センターの中でも、脳内のメカ挿入手術をしているスタッフが増えてきてるけど、その圧倒的な効果を否定はしないし、確かに必要に迫られる現実もある。

だけど、私自身は例えそういう集団の中で私一人が孤立することになっても、手術を受けるつもりは無いの。


ある意味無責任な言い方かもしれないわね。 人間のキャパシティを越えることは他に任せて、自分だけ人間であり続けようなんて。

でも反面そこだけは絶対譲れないの。

基本中の基本だと考えてる。


だから、やり方は別として、エレナ博士達の気持ちも理解できるわ。

貴方もでしょ?」


「はい………」


「貴方は此処を離れていたから、それほど危機感を感じていなかったのかもしれないけど………」


「そうかもしれません。

脳内手術をしている者も各ステーションに多くてせいぜい1割。

ですから、まだその1割の方が特例的存在でした。


此処へ来て、スタッフの半数以上がメカ人間で、本来の人間が特例になりつつある現状を目の当たりにして、正直驚いています。

狼狽えてもいます」


「そうよね……… 私もそうだったわ。


私は此処に来る前ジュネーブ支部に居たんだけど、あそこはまだ此処よりずっと少なかったわ。

それでも3割はメカ人間だったと思うし、恐らく何処の支部も似たようなものだと思う。


でも、何処だってあっという間に此処レベルになるでしょう。

時間の問題だわ。

此処は司令塔だからね………」

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