第42話

        【2】


キララはまだ子供だとスウィンは思った。

親を乗り越えて自立し、大人になって行く過程がキララには無かった。

親以外の目標にする存在は皆無だったのだろうか。


寧ろポロンがキララから自立する日も遠く無いだろうとスウィンは感じていた。

その時またキララは傷つき自分を責めるのだろうか。


何とかキララを大人にしてやらなければとスウィンは思った。


                       


アンドロイド達の姿を眺めていると、スウィンはいたたまれない気持ちになってきた。

キララも同じように感じていたようで、部屋の中から目をそらし、静かにドアを閉めた。


「次の部屋に行きましょ」


広いアンドロイドの部屋から次の部屋には、廊下を少し歩かなければならなかった。


また何処からとも無くポロンが飛んできて二人と合流したが、そのうちスーッと飛んで行って壁側に消えた。


其処そこよ!」


キララがポロンの消えた方を指差しながら先に進んだ。


「ようこそ我が家へ」


と言いながらうやうやしく手で招き入れるジェスチャーをするキララに促されて、スウィンは中へ入ろうとした。


「えっ?」


其処は開け放たれており、『外』だった。

鬱蒼うっそうと茂る木々が林をつくり、瑞々みずみずしい草花が咲き乱れている。


………っと、すぐスウィンは、チリの砂漠にこんな場所がある筈は無いことを思い出し、其処が外では無く部屋の一つであることを理解した。

天然の土を土壌どじょうにしたオアシスが造られていたのだ。


「あの小屋が私の部屋よ」


よく見ると、木々の隙間すきまから古い山小屋のような建物が見えた。


「さぁどうぞ」


キララの後について小屋へと続く道に入った。


ポロンは嬉しそうに飛び回っている。


小屋に向かう途中には、小川のせせらぎや小さな池があり、処々でアンドロイドのケンタウルスやパンがたわむれていた。


仲間と遊ぶケンタウルスや人工池の畔でフルートを奏でるパンはとても幻想的で、おとぎの国へ迷い込んだように錯覚させてくれる。


ーーーーー此処がキララの孤独を癒やしていたのか………ーーーーー


スウィンは複雑な思いで小さな溜め息をついた。


愛らしい小屋の前に出た。

扉には、ひと昔前まで民家の玄関にとりつけられていた表札のような可愛い木製のプレートが貼り付けてあり、手文字で『キララの部屋』と記されていた。

この部屋が、キララの寝起きするプライベートルームというわけだ。


         

「パンはどんな曲でも奏でられるのよ。

人類が初めて生んだ太古のメロディから、現代の地球上全ての地域、全てのジャンルの曲も呼び起こせて、それをパン自身が美しくアレンジするの。


そしてポロンと同じように、相手の体内状態を感知してその波長に合わせた選曲が出来るのよ。

勿論相手がリクエストすることも出来るけどね。


ケンタウルスからは、パンと同じシステムで優しい言葉をもらえるの。

私の状態に合わせた最高の言葉を言ってくれるわ。


彼等にはどんなに救われてきたか………


全て私の為にセンターの人達が造ってくれたの。  


最近、彼等も感情らしきものを持ち始めてる。

感情プログラムは使ってないんだけど………

私の体内状態と感情の動きから学んでるんだと思う。

感情でもすぐ私を追い越すでしょうね。


人間には、最悪の場合『稼動停止』の武器が有ることも彼等は分かってるみたい。

武器として成り立たなくなる日が近いかも………」


「その話は他所でしよう」


二人ともアンドロイド達に聞こえないよう囁き声にとどめていたけれど、聴覚の鋭いアンドロイド達にとっては何の意味も無いことだろう。


「このエリアは、昔のお伽噺おとぎばなしを参考にしてセンターの皆が作ってくれた私の家と庭。

キッチンもリビングも寝室も、全部西暦2000年以前のアンティーク仕様よ。

昔々のアナログな暮らしがしたいとずっと思っていたの。


私ね、エレナ博士に昔の御伽噺を沢山読んで頂いたの。

私はずっと御伽噺の世界に逃げ込むことで自分を支えてた。

御伽噺を知らないで育っていたら、私の心はとっくに壊れていたかもしれない。

だから御伽噺の世界にとっても憧れていたの。

今でもだけど(笑)


私自身も御伽噺をいっぱい作ったわ。


私、作家になりたいの」


「それは素敵だ!」


「今はセンターのいろんな仕事を手伝ってちょっとした収入も得てるけど、あまり使い道も無いし(笑)

センターを出る気も無い。

いつか自分の作品を昔のような書籍として出版出来たらと思ってる。


読んでくたさる皆さんに『人類』の素晴らしさを再確認してもらえたら嬉しんだけど………」


「素晴らしいね! 是非夢を叶えて!」


「えぇ、実はイギリスのロンドンにね、昔書籍が沢山出版されていた時代と同じやり方で、今でも細々と出版販売してるアンティーク好きの方がいらっしゃるんだけど、その方とエレナ博士がお友達なんですって。

だから、近々夢が叶うかもしれないの」


「それは楽しみだなぁ………

出版されたら僕にも見せてね!」


「もちろん! 初版本をプレゼントするわ」


「まずはエレナ博士だろ(笑)」


「あはっ、そうだった(笑)」


「僕も出来る限り協力するよ」


「ありがとう!

だけど、あと1年で出発でしょ」


「でもまた此処に来るし、縁が切れるわけじゃない」


「そうね。

たとえ1年の限定期間だとしても、貴方がそう言ってくださると凄く心強いわ。


それに、貴方が仕事で冒険してる姿が私に力を与えてくれるのよ。

小説のネタにもなるし」


「ネタかぁ〜………(笑)」

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