第19話

        【1】


「まさか!」


きっと流れのせいだろうと思っていると、岩は笑ってはいないが動いていることがはっきり分かってきた。

動きはどんどん強くなって、地震のように道も揺れ始めた。


「何だ!」


カチヨンが叫ぶ。

皆身構える。


水の中で岩の中央にヒビが入ったらしい。

岩を分断するような位置の縦線が走った。

その線は眩しい程輝いている。

岩の中から光が洩れているようだ。


ストンと大きな揺れが来たと思うと岩がパックリ割れた。

大きな波が道に溢れる。

皆びしょ濡れで尻餅をついた。


岩の中から眩い真珠色の光線が空に向って一直線に伸びた。


誰にも成す術が無い。

皆呆然と見守っていた。


暫くの間光はうごめきながら煌々と輝いていたが、少しづつ静かに小さくなりやわらかい灯りとなった。


カチヨンがゆっくり立ち上がって岩の中を覗き込んだ。

皆ぞろぞろそれに続く。


灯りの中から小さな動きが見えてきた。

皆の息を飲む音が聞こえる。


「魚か?」


カチヨンが口火を切った。緊張している。


スウィンは小さな手のようなものを見た気がした。

錯覚だろうか………?

いや錯覚では無い!

次第に手の形が明確になり、岩を手探りしながらこちらへ来ようとしているのが分かる。

皆もそれに気づき皿のような目で見つめた。


その手は緑色で指が細長く3本しか無い。

指の間には、半透明なヒレらしきものが付いている。

動きは触覚のように繊細で細かい。

全てが指で感知されているふうに見えた。

皆が指の動きに見入っている。


おもむろに腕が表れ、次いで足、それから手や足の割には大きな顔が現れた。

どうやら魚では無さそうだ。

目はギョロリと突き出しており、どちらかと言うと魚系の顔立ちではある。


頭と顎と脇の下、両足の間、そして足指の間にもヒレがあり、川の流れに乗ってフワフワ揺れている様子が何だか心細そうだとスウィンは思った。

不安げにカチヨン隊を見回している。


彼は、後ろを振り返って何か話したようだ。プックリした口元から数個の泡が出ている。 

彼の背後に仲間が居るらしい。

無数の手足や頭の一部が見え隠れしている。


それから彼はカチヨン隊の全員を確認するように一瞥いちべつして、ちょっと情けない表情をしながらカチヨン隊が勢揃いしている川岸へ向って泳いで来た。

その泳ぎは、股の間に有るヒレを上手く生かせる奇妙なドルフィンキックだ。

スウィンは幼い頃学んだ『進化』の凄さを見ている感動を味わっていた。


                       

川岸に辿り着いた彼は、水から出て道に上がった。

頭のヒレが垂れ下がって人間の髪の毛みたいに見える。


子猫程の大きさの身体を一回ブルッと震わせて、全身の水滴を払う様子はまさに猫か犬!

それでもまだビショ濡れのままカチヨン隊の方に歩いて来た。

真剣な眼差しを向けるその顔立ちは精悍で、知性さえ感じさせる。

身体は小さいが、肩を怒らせて大股にのしのしと歩く姿は威厳に満ちている。

カチヨン以外の誰もが、その厳しさに一歩退いた程だ。


後から聞いた話だと、カチヨンも可也ビビっていたらしい。


そして小さな緑色の彼も、実はこの時カチヨン隊に怖れを感じていて、可也の警戒態勢に入っていたと言う。

自分より大きな未知の者達が勢揃いしている中に、たった一人で向って来たのだから当然だ。

水の中で見せたあの心細そうで不安げな彼を思い出して、彼の勇敢さに皆感動したものだ。


お互い牽制けんせいし合いながらの初対面だったけれど、何とか冷静に話を始めることが出来た。


「%*§|#✣$&=」


と彼が先に話しかけてきた。

何を言っているのか解らない。 皆顔を見合わせてキョトンとしている。


「言葉が理解出来ません’……」


カチヨンが頭を横に振りながら丁寧に答えた。


カチヨンの穏やかな対応にホッとした様子の彼は、全身の緊張が一挙に解けて行くのが分かった。

そして、彼自身も『慈愛』とも言える優しい眼差しでカチヨンを見つめ、そっとカチヨンの肩に緑色の手を置いた。


カチヨンは一瞬たじろいだが、すぐ晴れやかな表情になって今度はカチヨン自身の手を傍に居たブラックの肩に乗せた。


次々と肩に手を乗せる輪が広がっていき、いよいよポロンがスウィンの肩に触れた。


なるほど、そういうことか……スウィンも納得。

スウィンはヘンカジンに自分の手を乗せ、鳥花にも触れた。

ヘンカジンからネコビトに伝わり、そしてキララ、途中から一緒に来た者達へと全てのカチヨン隊員が繋がった。


これで皆が小さい緑色の彼の言語を理解出来るようになった。

勿論、緑色の彼も皆の言葉が解るようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る