第9話

        【1】


スウィンがレディミラーの名を心の中で呼んだと同時に


「こっちよ!」


と言う囁きが、風に隠れるように聞こえた。


「私についていらっしゃい!」


スウィンの心に直接話しかけながら、レディミラーはポツポツ場所と時間を空けてその後ろ姿を見せてくれる。


途中レディミラーは、夢遊病者のように虚ろなポロンとハックに光り輝く粉を振りかけ二人を目覚めさせた。


スウィンは、まだ訳が分からないで居るポロンとハックを引っ張ってレディミラーの後を追った。


                        

レディミラーの美しさは、その後ろ姿からも垣間見れた。

姿形は勿論、時々見せる横顔、仕草や動きまでもが、女神と呼ばれるに相応しく優雅で品良く神々しい。


心に直接語りかける声も、パン達が奏でる調べ以上に美しい。


ひょっとしたら魔王の狙いは、花園や踊り娘達、そしておびき寄せられ花園に集う者達では無く、レディミラー一人を我が物にすることこそなのかもしれないとスウィンは思った。


「その通りよスウィン………」


レディミラーの悲しげな声がスウィンの心に響いた。


「だから逃げ回っていたんですね………」


レディミラーが静かに頷き溜め息を漏らす気配がした。


「スウィン……… 貴方は髭爺さんを捜す道すがら、沢山の者達に出会うでしょう。

その時、出来るだけ多くの者達に私のこの状況を伝えてください!


そして、皆で魔王から私を救ってくださるように頼んで頂けませんか………?

私が救われることで、囚われている皆も救われます。

多くの者達のエネルギーが無くては魔王の魔力を壊ることが出来ないのです」


「急いだ方が良いねスウィン!」


スウィンの顎下からハックの声が聞こえた。


見ると、ハックは既に勾玉に姿を戻し、スウィンの首飾りに収まっていた。

ハックの顔を浮かばせた勾玉が普通に喋っている。

その様子が可笑しくて、スウィンは小さく吹き出した。


「私はそろそろ花園に戻らなければなりません。


アナタ方はこの道を進んでください。

途中道が遮られても、必ず誰かが助けてくれるでしょう」


レディミラーが最後に後ろ姿を見せながら指し示した地面は、花々の下で仄かに輝いていた。


「分かりました! レディミラー、有り難うございます。


貴方を助ける為に全力を尽くします」


「お願いね………

髭爺さんはきっと見つかるわ……」


レディミラーの美しい声が


「頑張って…頑張って…」


と繰り返しながら消えていった。


「スウィン、私今何人かの仲間達にレディミラーのことを話してきた。

皆次々に伝えてくれる筈よ」


ポロンが囁いた。                      


それにしてもポロンのフットワークの軽いこと!

スウィンがウロウロしている間に連絡網を作ってるなんて !

ハックだって、スウィンが気づかないうちに居場所を確保していたし。

時間の流れがおっとりしている割に、此処の住人達は機敏だ。

或いは、時間を制御出来る世界?


                       

東へ向かう小道は、相変わらず虹色のパールのような輝きを放っている。 まるでスウィン達を誘(いざな)うように。

暫くその美しさに見惚れながら黙々と歩いた。


と、突然半身を覆う感覚に捕われた。

景色はそのままなので、強い向かい風かもしれない。


スウィンもポロンも、向かい風に逆らいながら前進を続けた。


風はどんどん強くなって、とうとう前進出来ないくらいの抵抗になった時、無理に一歩を踏み出そうと力を込めた瞬間、スウィンとポロンは思いっきり弾き飛ばされた。


元来た道を数㍍戻って呆然と尻餅をついていると、


「ようこそ!」


と言う柔らかな女性の声が弾かれた場所から聞こえた。

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