第8話
【1】
鬱蒼と茂る年老いた木々のトンネルをどんどん進むと、湿った濃い藍色の世界が深くなってきた。
大蛇のようにくねくねと地を這う木々の根は、苔生してキラキラと輝いている。
濡れたレースのように垂れ下がる蔦が、時々幽霊の手を思わせる冷たさで3人に触れた。
3人とも怖れと嫌な予感を抱きながらずんずん歩いていると、何処からとも無く美しい音色が聴こえてきた。
それはスウィンにとって初めて耳にする神秘と魅惑に満ちた調べだった。
3人は、引き込まれるように美しい調べへと向って行った。
淡い光に包まれた空間が見えた。
近づくに連れ、その幻想的な空間の中で清らかにダンスする可憐な少女の姿が見えてきた。
同時にダンスをする少女の後ろで暗闇からじっと少女を見つめているような怖ろしい男の顔もスウィンには見えた。
「あっ、あれ何?」
「あれって?」
「アレだよアレ!
彼女の後ろに居る悪魔みたいな恐い男 !」
「恐い男………?
そんなの居ないよ」
ポロンもハックもキョトンとしている。
それどころか、嬉しそうに少女の方へ近づいて行く。
スウィンは既にこの場を離れたくなった。
「ねぇ、早く行こう !」
「せっかくだから、少し聴いていこうよ !
ダンスも素敵だし !
ほら、あっちでも踊ってる ! 楽しそう!」
見ると、ダンスしているのは少女だけでは無かった。
でもその瞳は皆虚ろで、決して楽しんでいるわけでは無いことがスウィンには分かった。
ポロンとハックは、美しい調べと清らかなダンスに魅了され、どんどん引き込まれていく。
色とりどりの繊細な草花や木の実、蔦、虹色に輝く苔………
魅惑的な甘い香りが漂う中で奏でられる神秘的なメロディ………
其処だけがスポットライトを浴びたようなフワッと明るい一ヶ所で、フルートを吹き琴を爪弾くパン達の幻想的な姿がある………
スウィンもうっとりとして引き込まれていく自分を感じ始めた。
その時、樹王の母君の言葉がふと心を
「聞きたいことだけ聞いて、すぐ立ち去りなさい……」
スウィンは、はっきりと目が覚めた。
気づけば、今まで通ってきた道から外れている。
これからどう進めば良いのか解らない。
スウィンは美しい情景も調べも心に留めないよう意識を集中させ、魔の誘惑から身を守った。
そしてパンに尋ねた。
「髭爺さんを追う為には、どう行ったら良いの?」
パン達はこちらを振り向きもせず、ただひたすらメロディを奏でている。
まるで置物のオルゴールだ。
だが暫くすると、スウィンの心に直接語りかける声が聞こえてきた。
「スウィン、聞こえるかい?
僕達は魔王の魔力に囚われているんだ。
髭爺さんを追う道も閉ざされている。
でもこの花園の守り神レディバックが教えてくれるよ。
レディバックは魔王の魔力から逃げ続け、自ら次元の壁を抜けて移動しながら身を隠してるんだ。
魔王と目を合わさないよう、この世界の次元に姿を現す時はいつも後ろ向きなんだ。
だから僕達はレディバックと呼んでいる。
本当はレディミラーって言う名前なんだけどね。
彼女は面と向った者の一番美しい部分を映し出す鏡のような女神だからね。
言葉に出さず、僕のように心の中で彼女の名前を呼んでごらん !
後ろ向きだけどミラーが現れる。
そうしたら、魔王に気づかれないうちに髭爺さんを捜す道を聞くんだ !
気をつけて!
魔王はすぐ気づくからね………」
最後の言葉はエコーしながら尻切れトンボのように消えた。
パン達は何事も無かったように調べを奏で続けている。
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