第7話

        【1】


此処はスウィンが経験したことの無い世界………


会ったことも見たことも無い不思議な生き物達が普通に居る。


半身馬半身人間のケンタウルスや、美しい女性の姿をした木………


穏やかで甘くマッタリした美しい空気………


荘厳な奥深い森と生き物達が人間の子供スウィンを珍しげに見つめている。


ポロンやハックの存在がクッションになっているけれど、彼等がスウィンの到来を不安がっていることをヒシヒシと感じる。


スウィンだって同じだ。


でも不思議なことに、元来幸福の世界である此処は、決してお互いの不安が空気を暗くしてない。


全てを幸せ感が包んでくれている。


すぐ皆の不安な瞳は好意の光に満たされた。


「そうだ ! 樹王なら何か知ってるかも!」


スウィンは早速樹王に尋ねてみた。


「君がどうやって髭爺さんを捜したら良いかって?」


樹王の太くて精悍な声が森中に響き渡る。


「悪いが私はその答を知らない……


私の母、つまり私と共にこの森を統べる女王なら、何かヒントを与えられるかもしれぬが………」


「貴方のお母さん?」


「如何にも我が母。


なれば今呼んでやろう!


母上! 人間の子供を導いてくださらんか………」


樹王は雷のように叫んだ。


すると、樹王の後ろに荘厳な岩壁が幽霊のように表れた。


みるみるうち岩壁の中央に亀裂が入り、真っ暗な洞窟が開けた。


その中には、自ら輝く初々しい少女の姿がある。


スウィンは唖然として暫く見つめていた。


「貴方が樹王のお母さん?」


「はい…… 」


いくら人間界の樹王よりこの世界の樹王は若いと言っても、この愛らしい少女よりはずっと大人だ。


樹王の娘がこの少女だと言った方が当っている。


スウィンはおずおずと尋ねた。


「貴方はまだ子供じゃないんですか?」


すると樹王の笑い声が大きく愉快そうに木霊して、木々や空気を揺さぶった。


「母の生きているこの洞窟は『時』が止まっているのだよ。

だから私が呼ばない限り、洞窟も母も目に見えないし母は歳をとらないのだ。


私と共にこの森を統べる為、母は自ら『時』を制御している」


「時が止まっている………? よく解らない………


樹王のお母さん、爺ちゃんの捜し方を知ってる?」


「あぁぁ……

久しぶりだ……時の流れを感じるのは………


『時』とは素晴らしいものだ!


お前は人間の子供か?

人間界の『時』は忙しないと聞くが………?

髭爺さんも忙しない『時』の犠牲者か………? そしてお前も………?


髭爺さんは、そう簡単には見つからないだろう。

髭爺さんの捜し方を探すことが髭爺さんを捜すことでもある。


まずは、パンの調べにいざなわれて行きなさい。

パンが何か教えてくれるであろう………」


「パン?………」


「半身人間半身獣の幼子だ。


パンの奏でる調べはとても美しい。


でも囚われてはいけない。


彼等の奏でる笛や琴の音に夢中になり囚われた者達が、彼等の周りに漂っている光景を目の当たりにするだろうけれど、決して其処にとどまってはならない。


皆パンの美しい調べに囚われた死人しびとだ。


パンに用件だけ尋ねたら、すぐ其処を立ち去りなさい」


「死人………」


スウィンは、この幸福な世界でこんな恐ろしい言葉を聞いたことに驚いた。


しかも、罷り間違えば自分にも降りかかる危険をはらんでいる。


「兎に角、東へ東へと進みなさい。


何が有っても止まらず道が果てるまでひたすら東を目指すのだ」


確かに草花がお行儀良く控えて、小さな苔の絨毯を敷き詰めたような道らしきものが東へ向って延びている。

でも果てって………?


「果てまでどの位で………」


と言い終える間も無く、女王は「東へ東へ……」と囁きながら揺らぐ空気と共に透明になり、消えていった。

厳しい岩壁も無くなった。


女王の姿は完全に消える瞬間、走馬灯のように、活き活きした若い女性になり、美しく知性溢れる大人になり、穏やかに全てを受け入れた老婆の姿になった。


「さぁ、行きなさい !」 


樹王の太く力強い声に送られて、スウィンとポロン、そしていつの間にか勾玉に馴染んで首飾りとなりスウィンの胸に収まったハックの3人は、東へと急いだ。

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