第6話

        【1】


「これが樹王………!」


品の良い老人の顔をした大樹は、この深い森をべるに相応しく大らかで温かい、強さと厳しさの備わった偉大な姿をしていた。


もうどのくらい生きているのだろう…………


見上げても天辺てっぺんが確認出来ないくらい高い。


広範囲に蔓延はびこった太く長く絡まる根は、土の下にどう収まっているのかを想像するだけで気が遠くなりそうだ。


いにしえから重ねられた樹皮は渋いセピアのつやを放ち、あちこちで熟した苔が宝石のように輝いている。


実や葉は王冠を思わせる程立派でたわわに実り、愛らしい小鳥達が作った数々の巣を守っていた。


樹王は今丁度欠伸の大口を開きかけたような表情をしていた。


「樹王の欠伸は今始まったところよ。

こちらの世界では25年位かしら………!

だから後75年程で欠伸は終わるわ」


そうポロンに言われてもスウィンにはピンとこない。


「さぁ、私達の世界へ入りましょう !」


ポロンとスウィンは躊躇ちゅうちょ無く樹王の口に入った。

ポロンの仲間達も何人かついてきた。


樹王の口は、温かくマッタリとしていて虹色に輝いている。

と思う間も無く、スウィンは強力な力で引っ張られたようにストンと落ちた。

入ってきた口の外では、時間が速回りして景色も形を留めない程に変化し続け、様々な色だけが幾何学模様となって震えていることにスウィンが気づく余裕さえ無く。


                      

落ちた衝撃でスウィンはコロコロと転がり、明るい外の世界へ出た。


立ち上がりながら出て来た方に向き直ると、其処には若々しくてエネルギッシュな樹王が豊かな実や葉の王冠を戴いて活き活きと立っていた。


樹王は丁度欠伸を終えたところで、口元も凛々しく閉まり、欠伸の吐息が甘い微風となって辺りを揺らしている。


漏らした声は太く永く森の奥深くまで響き渡った。


「あぁ そうか………

今頃僕等の世界では百年経ってるんだ………」


スウィンはようやく理解出来た。


「ようこそスウィン」


スウィンの足元から囁くように小さな声が聞こえる。

見ると小粒な石と一体化していた小人の姿が現れた。


「ウワァ〜! びっくりした〜! 石だと思ってた!」


「驚かせてゴメンナサイ!」


小人は左手を胸に当て右手をヒラヒラさせながら、貴族のように恭しく挨拶した。


「私はハックと申します。

ずっと君と一緒だったんだよ」


「えっ?」


「私は石と同化するのが得意でして……


君が赤ん坊の時から身につけている首飾りの勾玉に同化していたんです」


スウィンは慌てて胸元を見た。

肌身離さず付けていた髭爺さんからの大切な贈り物が無くなっている。


「お守りの首飾りが……」


「大丈夫 ! ここ ここ」


ハックが指差す方を見ると、首飾りから外れた緑の勾玉が落ちていた。


樹王の口から転げ出た時に首飾りが切れたのだろう。


スウィンは勾玉を拾い上げると大切に両手で包んだ。


「じゃ、何年も僕の傍に居たの?」


「そう、君の成長をずっと見ていた。

髭爺さんのことも、よ〜く知ってる」


「爺ちゃんが何処に居るか知ってる?」


「髭爺さんが亡くなったことは知ってる……

この世界で捜せることも……


でも何処に居るかは分からない」


「どうやって捜したらいいんだろう………?」


「兎に角、いろんな者達を訪ねて歩くしか無いんじゃない?


まず、私の友達を紹介するよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る