色の無い小説と馬鹿にされたから
社会不適合
第1話 本物の天才に勝てない僕は
「これは見事に色のない小説だな。」
バカにした口調で、ほくそ笑むやつの顔が突っ伏した机の表面に張り付いている。
その顔を目掛けて俺は握りしめた拳を優しく机に叩きつけていた。
その時、向かいの席に座ってる父親の声が聞こえた。
父親「どしたん?話聞くよ?」
顎をスライドして顔を立てると、過剰なほど困った顔をしている[人をイラつかせる天才]が座っていた。
俺「...実はこの拳はとうさんのために用意したものなんだよね」
父親「利き手はダメよ」
笑えない心境の時に笑いを誘ってくるのが余計に神経を尖らせる。
この人とは争うだけ無駄というのは、今までの人生を振り返っても明らかだったから鼻から息を漏らしながら再び机に顔を貼り付けようとする。
するととうさんは、俺の名前を呼んで意識を向けさせた後、両手のヒラをゆっくり上に上げる。
それを見た俺は、上半身を起こしてから左手で方杖をつく。
有り難いお話の時間が来た。
父親「先日ようやく金が貯まったよ。」
俺「なんの?」
父親「俺の葬式代」
縁起でもないことをさらっといい放って、とうさんは笑う。
死にたいっていう人は外を歩けば山ほど居るけど、こんなに嬉しそうに言う人は、俺は父親しか知らない。
俺「カッコつけんなよ、死ぬのが怖くないわけないだろ?」
そういうと父親は大声で笑って、途中で「アイタタタッ」って言いながら痛そうに腰をさすった。
父親「別に死ぬのが怖くないわけじゃないが、死ぬことの恐怖よりも鼻水垂らして泣きじゃくりながら駄々こねてたお前が、泣かなくなって生意気なことを言えるようになったこと、その喜びの方が若干優ってるだけだ」
俺「なにそれ理解できない、死ぬことの恐怖に勝る感情なんてあるわけないじゃん」
父親「そのうちわかるよ」
子供扱いが気に入らなかったから、中身のない謎謎だと思って答えをせびってみる。
俺「そのうちっていつだよ?」
そしたら話す前に言葉を溜めてからとうちゃんは話した。
父親「とうちゃんが死んだらわかる」
また笑ってた、とうちゃんは高学歴な人じゃないし読めない漢字も結構あるけど、考えてない人ではない...と思う。
父親「...お前、彼女はいないのか?」
俺「いない」
父親「そりゃもったいないな、人生一度しかないんだから、最悪悪いことしても100年でチャラにできるなら、何にでもなれるのに」
俺「悪い事はしちゃいけないんだよ」
父親「悪いことをする事は悪い事じゃないぞ?人を傷つけることが悪い事なだけで」
俺「...」
父親「人生で一番悲しい時はどんな時か分かるかな?」
俺「どんな時?」
父親「大事な人を失ってから数日後と、人を傷つけたことに気づかずに、20年後、30年後に人生を振り返ると、傷つけてきた他人の顔が浮かんでくる。たぶんその時だ。それはとうちゃん仕方がないと思うんだよ、知らないことを責める事は誰にもできないから。だから今、自分が知ってる痛みだけは人に与えてはいけないよ。恥も弱さも悪い事じゃない。逃げることも遠回りをする事だって当たり前、だからせっかく暖かい場所に生まれてきたんだから、もっと贅沢に生きなさい。自分自身を許してあげないと、
さもないと、とうちゃんみたいになれないぞ」
俺「......完璧なオチだな、もう寝るわ」
父親「ははっ、おやすみ」
*
仏頂面で何も言わずに、原稿を受け取る奴の顔を見ている間動悸が止まらなかった。
編集さん「なるほど途中まで悪くはないですが、色がなくしかもオチが見えないんですが?」
俺「そりゃそうよ、まだ作品は続いてんだから」
編集さん「じゃあ続きを今ください」
俺「ごめんまだ書いてないよ、正確に言えばこのやりとり自体を作品にするつもりだから」
編集さん「仰ってる意味がよくわかりません」
俺「いや魅力のある作品って続きが気になるじゃん、だから魅力があるって思われれば、もう一回編集さんから何かコンタクトがあるんじゃないかって思って、じゃあもういっそ続きを書くのはその後でいいやって思ったんだよね」
編集さん「もしも、コンタクトがなかったらどうするつもりだったんですか?」
俺「評価されるまで何度も同じ作品を投稿する」
俺の作品は字体が生きている。心血注いで一文一文泣きながら書いたものだ。大丈夫自信を持て、評価されないわけが無い。
俺「その作家の命握ってるみたいなスタンス取るのやめない?作品って自分の生き様を写す鏡...いわば、僕っていう人間を理解してもらうために残す遺書なんだよ。なにも金だけのために動いてるわけじゃないんだよね、作家と出版側は一蓮托生、こっちは命を握らせられるのか今も吟味してるんだよ」
そこまで聞くと編集さんはメガネを外してネクタイを緩め、口調に棘を混ぜるようになった。
編集さん「まだデビューもしてないペーペーがよくまぁ吠えれること」
俺「どのみち作品を受け入れられないなら、自分の感情を押し殺して手段と方法を選ばずに生きるしかない、でもそれは俺が生きてるとは言えない気がするんです」
だから俺自分の感情に嘘をつくことも、逃げることも最後の手段だ。だから限界まではしたくない。
製作中の没入感は10分の1が読者に伝わればまだいい方だ、手を抜けば一瞬でバレるだろう。そんな事をみんながみんな理解しているだから俺は普通の方法じゃ勝てない、だから直談判をするように仕向けたんだ。僕は作家のキャラで勝負するしかない。
余裕の笑みを浮かべながら、飄々とした天才ぶって、垂れる冷や汗を小手先の方杖で隠した。
情けないことに正真正銘、最高傑作だった。心臓は破裂しそうなほどバクバクと鳴る。
喉の渇きも忘れて、声が裏返らないことだけに全力を尽くしていた。
次の更新予定
色の無い小説と馬鹿にされたから 社会不適合 @tokumei_kibou_tokumei
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