第2話

〈はるとside〉

恋が人を変えるとはよく言ったものだが、ここまで変わるか普通…と頭をひねることになるとは思わなかった。



二週間前、ずっと好きだった女の子に思わず告白をしてしまい、やや自嘲気味でいたのだが、返ってきた答えは期待以上のものだった。あまりにも嬉しくて、そのまま抱き寄せてしまおうかと思ったが、彼女の反応が面白くて、思わずにやける時間が長くなってしまった。


-コロコロ表情が変わるな…


最初は告白を怪訝な顔で聞き、引き寄せると耳まで真っ赤にし、こちらが笑えばどこを見ていいかわからない彼女の目が泳ぐ。顔は赤面したままで。飽きない彼女の表情が可愛すぎてずっと見ていられた。だけど。



「お前らほんとに付き合ってんの?」

思わず飲んでいたオレンジジュースをふきかける。親友の寛也(ひろや)からダイレクトな質問をぶつけられて驚いてしまった。

「ゴホッ。。なんだよ。付き合ってるよ」

「ふーん…?」

彼が怪訝になるのは正しい反応なのだ。なぜかカ行をすっとばして席が前後になってしまった瑠衣と俺。ありえない出来事に飛び跳ねそうなぐらい嬉しかったのだが、彼女の様子がおかしいとすぐに気付いた。挨拶しようとしても無視をして何処かへ行き、わざと

(ねぇ、教科書見せて)

と小声で言ってみても、振り返らないのだ。あまりにも腹立たしくて、子供みたいに彼女の長い髪を引っ張ってみたが、応答なし。


-なんだよ。俺のこと嫌いになったのかよ。


心臓がギュッと掴まれたようになる。他の男子とはしゃべるくせに。笑顔を見せるくせに。

なんで俺にだけ振り返ってくれねーんだよ。


ぶっちゃけた話、彼女は何気にモテている。学年一の美女とかそんなわけではないが、よく笑うのだ。そんな笑顔にやられる男は多い。

「なぁ、佐藤さんって可愛くね?」

とチラホラ耳にし、高一の時はクラスが違うことが俺をものすごく不安にさせた。こっちは中学校の頃から好きなのに。意気地なしの俺は、彼女に会った時に「よっ」って言うぐらいが精一杯で、内心他に彼氏ができないか心配で仕方がなかった。だから思いがけず付き合えた時はすごく嬉しかったのだが、こうも避けられるとイライラが募ってくる。…というか、その笑顔を他の男に見せないでほしい。


何で他の男とはしゃべるの?

何で他の男にその笑顔を見せるの?

何で…

振り返らないの?


その時、


「佐藤さん、あのさ、今って暇?」


バチン。

何かが弾ける音がした。誰だよその男。明らかに。明らかに!


「あっうん。暇…」


「じゃねーよ」


気が付いたら目の前が真っ赤になり、瑠衣のその男子への答えを遮り、腕を引っ張って走り出していた。


「ちょっと!はると!」


彼女が何か叫んでいたが、無我夢中で彼女を引っ張って走った。

誰も来なそうな階段の踊り場で、彼女の細い腕を強く握る。痛いのなんてお構いなしで彼女の腕を掴んで、


「何で俺のこと避けんだよ」


とだけ言っていた。我ながらとんでもなく低い声だったと思う。でももう限界なんだ。君が振り返らないことが。だから。


「俺は…お前の彼氏だろ?」


なんだかもう感情がよくわからない。でももう苦しくて苦しくて呼吸ができない。こんな想い…初めてだ。嫉妬で狂いそうなこの感情を制御できない。

君を苦しめたいわけじゃない。

君を泣かせたいわけじゃない。

心の中でごめんと謝っていたが、声に出すことは出来なかった。


「っ…だって、無理」


泣きそうな顔の瑠衣の口からこぼれる。


あぁ…そうか。


夢だったらいいのに。

鼓動の速さと、確かにある瑠衣の腕の温かさが現実だと俺に訴える。心臓、うるせーな。


無理。拒絶。


目の前が真っ白になっていく。だめだ。泣くな。

嫉妬で狂った自分が悪いんだから。


腕を掴む手から力が抜けていく瞬間、彼女がまくしたてるように言った。


「は、はるとが彼氏とか、恥ずかしくて…無理なの!ただの友達だったのに…振り返ったら彼氏がいるとか…!意識しちゃって無理なの…!あ、赤くなっちゃうでしょ!恥ずかしいんだから!…今でさえ、直視できないの…に…」


はっ?

なんて言った?

耳まで真っ赤で下斜めをみている彼女。でもなんとなく抗議しているような目。


「えっ、じゃあ、俺のことが好きで振り返れないってこと?」

「いや好き…とか。うぅ…そう。うん…、恥ずかしいからはっきり言わないでよ…」


10秒前まで嫉妬にまみれていた自分が恥ずかしいというか情けない。

こんな可愛い生き物がいるのか。俺のことが好きで振り返れない、とか。


「瑠衣」


グイと瑠衣の顔を両手で多い、強制的にこちらへ向かせた。


「やっと振り返った。」


多分ニヤけているんだろう。嬉しすぎてたまらない。


「そのニヤニヤ顔やめて…恥ずかしい」


あっほんとにニヤけていたらしい。でも、この手の中にいる彼女が可愛くて、愛しくてたまらない。


「瑠衣、好きだよ。俺。振り返ってくれないと悲しいんだけど」


とりあえず、本音を伝える。

大きく目が見開かれ、また真っ赤になる彼女。


「ストレートに言わないで…!もう…!」


また目線が合わなくなるが、彼女の後ろ姿を見ることはない。何度だって振り返らせればいい。俺のことを好きでいてくれる限り。


「瑠衣。次振り返らないで無視したらキスするから。」


「なっ、、、!やだ…!」


ほほう?これが俗に言うツンデレか。

彼女はツンデレになったのだ。我ながらあっぱれなポジティブ変換をして、彼女の変わり様を楽しんでいた。


「もうお昼終わるでしょ!教室戻るよ!」


両手からスッといなくなり、後ろをくるりと向いた彼女が歩き出す。階段を降りようとするので


「瑠衣」


と呼んでみた。しかし振り返らない。


「瑠衣さーん。」

やっぱり振り返らない。急ぎ足になりかける彼女。させるか。


彼女の手を掴んで引っ張り、耳元で話す。

「振り返らないと、どうするって言った?」

「…っ!」


と顔がこちらにむきかけたとき、強制的に唇が重なった。彼女の背が高くないので、階段の上からキスするのは体勢がキツいのだが、さっきの約束を破られたので実力行使。


唇が離れたところで


「バッカじゃないの!!」

と思いっきり罵声を浴び、振り返られ、置いていかれたが、彼女の本音がわかったところでもう満足である。


鼻歌まじりで先に帰った彼女のいる教室へ向かい、寛也に一言、

「俺ら付き合ってたらしいわ」

と伝えておいた。

「あっそ。さっきまで泣きそうだったくせに」

とさすが親友という見抜きをされたが、瑠衣に好かれている自分は無敵だ。親友の悪口などどうでもいい。


彼女の座っている後ろの席につき、


(今度振り返らなかったら、倍キスするから)


とこそっと呟いた。彼女は振り返らなかったが、耳を赤く染めたので、手応えありである。


さて、明日はどうなるか。

嫉妬にまみれた自分は卒業し、大好きな彼女をからかう日々を心待ちにする自分に変わっていた。


これから先、君が振り返っても振り返らなくても、楽しい日々が待っているのだった。

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振り向かないから 夜明 舞 @milmil063030

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