(2)歩み出す二人
カーライルはマスターの頼みを渋々受け入れたものの、「なぜ自分が」という疑問が頭を離れなかった。ため息をつきながら酒場の重い扉を押し開けると、冷たい夜風が容赦なく肩を叩く。
「嬢ちゃん、一体どこまで行ったんだ…」
彼はぼそりと呟き、夜の街を見渡す。アルマが怒りに任せて飛び出した姿が頭をよぎる。金色の髪がどこにも見当たらない中、彼女の行き先を考える。
(墓地だな…ゴーストの話にあれだけ執着してた。)
確信を得たカーライルは歩き出す。冷えた夜道を進む中、焦燥感が次第に胸を締め付けていく。
(準備もなしに突っ込んでたら厄介だ…)彼は足を止め、近くの魔石屋に向かった。幸運にも店はまだ開いている。
「銅貨二枚で買える魔石をくれ。」
無言で差し出された小さな漆黒の魔石を受け取ると、代金を置き、礼もそこそこに店を後にした。魔石をしっかりと握りしめ、カーライルは再び墓地へと向かう。
街外れの墓地は霧と静寂に包まれていた。古びた墓石が月光にぼんやりと照らされ、不気味な影を落としている。冷たい風が木々を揺らし、葉擦れの音が耳を刺すたびに、カーライルは足を止めて耳を澄ませた。
(ここにいるはずだ…)
彼は慎重に霧の中を進んだ。すると、奥で微かに反射する光が目に入る。胸が高鳴る。急ぎ足で向かうと、黒いローブに包まれたアルマの姿が浮かび上がった。金色の髪が光に揺れ、背中から放たれる気迫が闇を切り裂くようだった。
アルマは低い声で詠唱を始めていた。静けさを震わせるその響きには確かな力が宿っている。
「やっぱりここか…」
カーライルは短く息をつき、少し離れた位置で彼女の様子を見守る。
その瞬間、アルマの手元に白い光が現れた。光は静かに広がり、墓地全体を包み込むように穢れを払っていく。冷たさと温もりを併せ持つその輝きが、周囲の闇を押し返していく。
アルマの金色の髪が光に包まれ揺れ、詠唱は徐々に力強さを増していく。彼女の言葉が空気を震わせるたび、墓地全体が緊張感に満たされていく。
「天から舞い降りる清き光よ、聖なる光の矢となり、大地を照らし、すべての邪悪を打ち払え!
アルマの声が響いた瞬間、空に裂け目が現れ、無数の白い光の矢が降り注ぐ。墓地を覆う闇を一掃し、潜んでいたゴーストたちは次々と消え去っていった。光は墓地全体を力強く包み、その場に浄化の余韻を残した。
カーライルはその光景をじっと見つめ、低く呟く。「上級の光属性魔法か…見事だが、これだけじゃ根本的な解決にはならん。ゴーストはまた現れる。」
アルマは驚いて振り返り、鋭い視線を投げた。「さっきの愚痴聞き屋ね。助言はしない主義だったんじゃないの?」
カーライルは肩をすくめ、淡々と答えた。「助言じゃない。ただの独り言だ。」視線を再び墓地に戻しながら続ける。「そもそも墓地のゴーストの原因は、土葬された遺体に残るマナだ。」
アルマは黙って聞き入る。
「この地では土葬が文化だ。ゴーストを防ぐには遺体のマナを解放して火葬にするしかないが、簡単に受け入れられるとは思えない。」
アルマは困惑した表情で漏らした。「それじゃ、どうにもならないじゃない…」
カーライルはため息をつき、ポケットから黒い魔石を取り出して見せた。「根本を変えられないなら、別の方法を考えるしかない。この石を使えばゴーストの発生を一時的に抑えられる。」
アルマは魔石を見つめ、「本当に抑えられるの?」と問いかけた。声には期待と疑念が混じっている。
「使い方次第だな。」カーライルは軽く笑い、魔石を差し出す。「銀貨一枚分の価値がある。それをどう見るかはお前次第だ。」
一瞬顔をしかめたアルマだったが、小さく頷き、「わかったわ。後で払う」と静かに答えた。
「なら、この魔石に光属性のマナを込めてみろ。上級魔法が使えるんだ、楽勝だろ?」
少し不満げな顔を見せつつも、アルマは深呼吸し、魔力を集中させる。魔石は純白の輝きに包まれ、その光が一層強まる。
「十分だ。」カーライルは小さなハンマーを取り出し、魔石の脆い部分に軽く一撃を加えた。鋭い音と共に砕けた魔石は細かな粒子となる。
「準備完了だ。」砕けた破片を手に、カーライルは墓地を歩きながらそれを撒いていく。動きには無駄がなく、手慣れた様子がうかがえる。
「ゴーストは地中から湧いてくる。」低い声が墓地の静寂を切り裂いた。「こうして地表に光属性のマナを帯びた破片を撒けば、やつらの出現を防げる。」
破片が夜風に乗って散らばる様子は、どこか厳かな儀式のようだった。墓地を包んでいた不気味な雰囲気は和らぎ、静けさが広がっていく。
「年に一度マナを補充すれば維持できる。これなら魔法使いをいちいち呼ばずに済む。」カーライルがそう告げると、アルマは感嘆の表情を浮かべた。
「すごい…こんな方法があるなんて。」
彼女の瞳は淡い光を映し、その輝きに目を奪われている。しばらくして、アルマは微笑みを浮かべ、カーライルを見上げた。
「いろんなことを知ってるのね…」尊敬を込めた声に、カーライルは肩をすくめた。
「冒険者の愚痴を聞いてりゃ、自然と耳に入るさ。たとえば、ダンジョンで安全地帯を作る方法とか、魔石の応用とか。」
アルマの目はさらに輝きを増し、新しい知識に触れた喜びが顔ににじむ。
「命を守るために知恵を絞る。それが冒険者ってもんさ。」カーライルはそう言い、微かに笑った。
アルマは足元の魔石の破片に視線を落とし、しばらく考え込んでいた。やがて顔を上げると、柔らかな微笑みを浮かべた。
「助かったわ。本当にありがとう。今度また愚痴を聞いてちょうだい。」
「銅貨三枚は忘れるな。アドバイスが欲しいなら、銀貨も用意しとけよ。」カーライルの皮肉交じりの言葉に、アルマはくすりと笑った。
「ええ、忘れないわ。」
アルマが歩き出すのを見送りながら、カーライルは魔石のかすかな輝きが消えゆく様子をぼんやりと眺めた。墓地に漂っていた重苦しい空気が、いつの間にか和らいでいるのを感じる。
アルマに続いて歩き出すと、月明かりが雲間からこぼれ、夜道をやわらかく照らしていた。冷たい風が吹き抜け、二人の足音だけが静かな夜を刻む。
沈黙が続く中、カーライルはふと口を開いた。
「…それにしても、なんで俺たち、こんな風に並んで歩いてるんだ?」
アルマは振り返ることなく肩をすくめた。「お酒は飲めないけど、酒場で炭酸でも飲みたくなったの。今日くらい、自分へのご褒美よ。」
軽い調子の返答に、カーライルは少し違和感を覚えたが、それ以上追及することはしなかった。また静寂が訪れ、足音だけが夜道に響く。
しばらくして、アルマがぽつりと呟いた。「それに──」
「──それに?」カーライルが問い返すと、アルマは振り返らず微笑を含んだ声で答えた。「これからいろいろ頼ることになると思うから、私の名前、ちゃんと覚えておいてね。アルマよ。忘れないで。」
その無邪気な響きの奥に隠れた真剣さを感じ取り、カーライルは小さく息を吐いた。
「俺はカーライルだ。忘れてもらっても構わんけどな。」
ぶっきらぼうな返事に、アルマはくすくすと笑った。「何よそれ。自己紹介としては最低ね。」
夜風がふわりと吹き抜け、アルマの金髪を揺らす。その姿が、一瞬だけ神秘的に見えたカーライルは、思わず自嘲気味に笑った。
「本当に、何を企んでるんだか…」
「企んでるなんて失礼ね。ただ、この街を良くしたいだけ。それが領主の娘の務めでしょう?」アルマの声には誇りと意志が宿っていた。そして、どこか悪戯っぽさも含んでいる。
「それに、冒険者の愚痴ばかり聞いてるのも退屈でしょ?これからはもっと面白い話が聞けるかもよ。」
カーライルは彼女の軽口に潜む決意を感じ取り、口元に笑みを浮かべた。
「…どうなるか、楽しみにしておくさ。」
その短い答えには、微かな期待が混じっていた。彼女の進む未来にどんな物語が待っているのか、その興味が心に芽生え始めていた。
月明かりの下、二人の影が地面に長く伸びる。足音は次第に遠ざかり、夜の静寂の中に溶け込んでいった。
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