愚痴聞きのカーライル ~冒険者酒場から始まる街づくり~

チョコレ

第1話 酒場に訪れた金の風

「アンタ、私の愚痴を聞きなさい!」


そんな一言が、酒に溺れ、同じことの繰り返しだった俺の人生を変えるなんて、誰が想像できただろうか。


俺はカーライル。愚痴聞きのカーライルだ。黒髪に黒い瞳、無精髭の35歳。まあ、おっさんって呼ばれても仕方ない年頃だが、まだ「お兄さん」でギリギリ通るかもしれない。俺の仕事は、冒険者たちの愚痴を聞き流して、報酬をもらうこと。たまにアドバイスを求められることもあるが、その時は銀貨をいただく。ダンジョン?あんな危険な場所に未練はない。今は、楽に生きることが何より大事だ。


夜が来るのが楽しみで仕方ない。今日はどんな冒険者が愚痴をこぼしに来るんだろうか。どんな美味い酒が飲めるんだろうか。そう考えただけで、自然と口元が緩む。


――


つもの夜だった。ダンジョンから戻ってきた冒険者たちの愚痴を、黄金色に輝くビールと一緒に流し込む。それが、毎日繰り返される日常だった。しかし、その日だけは違った。店のドアが突然乱暴に開け放たれ、冷たい夜風が店内に吹き込んできた。


俺はジョッキを傾けながら、その音の方へ目をやった。そこには、一瞬で場の空気を変えるほどの存在感を放つ少女が立っていた。彼女の金髪はまるで陽の光を集めたかのように輝き、風に揺れて柔らかく光を反射している。その髪が、夜の暗がりに差し込む一筋の光のようだった。


彼女の小柄な体は、どこか幼さを感じさせるが、その鋭い碧眼にはただならぬ力が宿っていた。透き通る青い瞳がこちらを強く射抜き、まるで彼女がこの場を支配しているかのような気迫を漂わせていた。年齢はわからないが、その目には、若さに似合わない確固たる決意が宿っている。


カウンターに向かって迷いなく歩いてきた彼女の手には、銅貨三枚がしっかりと握られていた。彼女は無造作にその銅貨を俺に向かって投げつけ、カラカラと音を立てて転がる銅貨が、やがて静かに俺の前で止まる。


その動作一つ一つに、どこか幼さが残る外見とは裏腹に、大人びた自信と覚悟が感じられた。彼女の凛とした立ち姿は、まるでこの場にふさわしいことを証明するかのようであり、彼女がただの少女ではないことを一瞬で悟らせた。


「アンタ、私の愚痴を聞きなさい!」


目の前の銅貨を見つめながら、俺は軽く笑った。愚痴聞きの対価として銅貨三枚を投げられることは珍しくないが、相手が未成年の少女というのはさすがに異例だ。ジョッキを揺らし、少しだけ眉を上げる。


「お嬢ちゃん、確かに銅貨三枚で愚痴は聞いてやるさ。でも、ここは酒場だ。未成年が入る場所じゃない。それでも話したいなら、座りな」


彼女は一瞬も迷わず隣に腰を下ろした。小柄な身体が椅子に深く沈み、足は地に届かない。だが、その態度は堂々としており、自信に満ちていた。


「で、あんたは誰だ?冒険者には見えないが」


「なによ、冒険者じゃないと愚痴を聞かないわけ?職業で人を差別するなんて最低ね。私はアルマよ、アルマ。まさか、私のことを知らないなんて、あんた本当に愚痴聞き屋?」


俺は肩をすくめた。「あいにく、有名な冒険者以外は俺の耳に入ってこないんでな。それで、どんな愚痴を聞いて欲しくてやって来たんだ?」


「私の話なんて誰も真剣に聞いてくれないのよ!」アルマは怒りを隠さず続ける。「街を守るためにゴーストの問題を解決したいのに、周りの大人たちはみんな私を子供扱いする!でも、これは本当に深刻な問題なのよ!」


俺は頷きながら、ビールを口に運び、彼女が続けるのを待つ。


「墓地からゴーストが出るたびに、聖属性の魔法使いを派遣しなきゃならないんだけど、もちろん派遣するたびに高い費用がかかるし、税金が勿体ないじゃない!」


彼女の言葉をかみしめながら、俺は再び頷いた。確かに、聖属性の魔法使いは貴重で、派遣コストが膨れ上がるのも無理はない。だが、俺はこの問題を真剣に考えるより、酒の味を楽しむ方を優先していた。


「なるほどな、墓地のゴーストと聖属性の費用ね。それで、お嬢ちゃんはどうしたいんだ?」


「何とかしたいに決まってるでしょ!街を良くするために動いているのに、みんな子供扱いして全然話を聞いてくれないし、これまで通り、何かあったら予算の中で派遣すればいいじゃないかって。同じことを繰り返してちゃ、街は全然良くならないって、どうしてみんな気付かないのかしら!」


アルマの声は次第に高まり、その感情があふれ出していた。彼女の言葉に、若さと真剣さがにじみ出ているのを感じつつ、俺は黙って考えた。俺は静かに彼女の話を聞き、ビールをもう一口飲んだ。そうすると不思議なことに、冒険者のとあるエピソードを思い出し、アドバイスを思いついた。ただ、ここでぐっとこらえる。アドバイスをするなら対価が必要だ。それが俺の流儀、というか大事な食い扶持だ。


「解決策が一つある。ただ、それを教えるには銀貨一枚をさっきの銅貨みたいに投げ付けてもらおうか」


彼の言葉に、アルマの表情が険しくなり、怒りが爆発する。


「銀貨一枚だなんて、ふざけないで!バカじゃないの!街のために貢献する気はないの?」


「俺だって生活があるんだ。嬢ちゃんの身なりからするに、裕福な生活を送っていらっしゃるようだけれども、場末の酒場で飲んでる身からすると、それがないと生活が成り立たなくてね。もらった三枚の銅貨のうちの一枚は、この黄金色の一杯に消えちまってるわけだし」


「ほんっとサイテー。ただの飲んだくれね。愚痴を聞いてくれて、時々有益なアドバイスもくれるっていうから期待してやってきたのに、バカみたい」


そう言い捨てて、彼女は酒場を飛び出していった。俺は彼女が置いた銅貨を見つめ、深くため息をつく。その時、カウンターの奥から、酒場のマスターが声をかけてきた。


「カーライル、お前も聞いてたなら気づいたろうが、あの子は領主の娘さんだ。飛び級で王立魔法学校を首席で卒業して帰ってきたんだ。街を良くしようと燃えてるらしいが、トラブルがあったなんて領主の耳に入ったらこっちも困る。後を追ってフォローしてやってくれないか?」


一瞬、眉をひそめたが、結局俺はまたため息をついた。


「やれやれ、ガラじゃないけどな……世話になってるマスターの頼みなら仕方ないか」


そう言って、立ち上がり、飛び出していったアルマの後を追い始めた。重い扉を開けると、冷たい夜風が顔に当たる。


「ほんと、酒だけ飲んで楽な仕事だけしてたいんだがな……」


呟きながら、彼女の後を追って歩き出した。


──


カーライルはアルマの後を追いながら、彼女の向かった先がどこかをすぐに察した。街外れの墓地だ。あの嬢ちゃん、飛び級で魔法学校を首席で卒業したと言うからには、自分でゴーストを退治するつもりだろう。だが、強力な魔法を使えば消し去ることはできるが、それだと解決策にはならない。


「ったく、仕方ねえな…」


彼はため息をつきつつ、魔法石屋に立ち寄った。準備が必要だ。適当な魔法石を数個手に取って支払いを済ませ、魔法石をポケットに押し込み、墓地に向かった。


――


墓地に辿り着くと、そこには驚きの光景が広がっていた。アルマが既に詠唱を始めていたのだ。彼女の声は澄んで力強く、響き渡るように広がっていく。その詠唱は、神聖な力を具現化するものだ。白く輝く光が空に向かって広がり、まるで天そのものが開けるかのように神々しい光景が展開される。


「天から舞い降りる清き光よ、聖なる光の矢となり、大地を照らし、すべての邪悪を打ち払え。無垢なる輝きよ、我が声に応じ、今ここに降り注げ!極大聖属性魔法ホーリーレイン!」


天上に開いた光の裂け目から、無数の白い光の矢が降り注ぐ。その一つ一つが浄化の力を帯びている。輝きは夜の闇を一瞬で打ち消し、墓地全体を包み込む。墓地を漂っていたゴーストたちは、光に触れた瞬間、声も立てずに霧散し、完全に消え去った。


天から降り注ぐ光は、静かに地面に吸い込まれ、最後の一瞬には、墓地全体を清らかな輝きで覆い尽くした。誰もが息を飲むような荘厳な光景だった。しかし、カーライルは冷静に口を開いた。


「綺麗なもんだが…また出てくるぞ、それじゃ解決にはならん」


アルマは、彼の声に驚いて振り返った。彼女の目には怒りと驚きが入り混じっていたが、その表情はすぐに冷たさに変わる。


「さっきの愚痴聞き屋ね。アドバイスはしないんじゃなかったの?」


カーライルは肩をすくめ、軽く苦笑しながら言った。


「ゴーストってのはな、遺体に残るマナが大気中のマナと結びついて生まれるんだ。遺体が生前持っていたマナは人それぞれ違うから、消してもまた出てくる。ゴーストを本当に根絶するなら、遺体を火葬にするしかないんだが、この国の文化じゃそれは無理だろ?」


アルマは少し驚きながらも、鋭い目で問いかけた。


「それで、どうすればいいのよ?」


カーライルはポケットから魔法石を取り出し、彼女に見せた。


「銀貨を後で本当に払うなら、今からその対策方法を教えてやるさ」


アルマは一瞬渋い表情を見せたが、やがて口を開いた。


「…わかったわ。後で払うわよ。約束する」


カーライルは笑みを浮かべ、彼女に魔法石を差し出した。


「この魔石に聖属性の魔力を込めてくれ。お前さんならそれぐらい簡単だろ?」


アルマは不機嫌そうに見えたが、魔石を受け取り、深い息を吐いた。そして、手の中で魔石に聖なる力を送り込んだ。彼女の手から放たれる白い光が、魔石を輝かせる。魔石は彼女の魔力を吸収し、次第に強力な聖属性の力で満たされていく。光の強度は一瞬増し、まるで魔石そのものが発光しているかのように輝きを放った。


「よし、それで十分だ」


カーライルは魔石を受け取ると、手早くそれを砕き、細かく砕かれた破片を墓地全体に撒き始めた。細かく砕かれた魔石が墓地全体に広がり、地面に吸収されていく。


「ゴーストってのは、地中から湧いてくるんだ。だから、こうして地表面に聖属性の魔力を帯びた魔石をばら撒いておけば、ゴーストが出てくるのを防げる。年に一度くらい魔力を補給してやれば、簡単に維持できるし、これなら人件費も抑えられる」


アルマはその説明を聞き、驚きと共に感心したように息を漏らした。

「すごい…こんな方法があるなんて」

アルマは驚きを隠さず、しばらくの間、魔石を見つめていた。その後、ふと微笑みを浮かべ、カーライルを見上げる。


「ありがとう、カーライル。今度また愚痴を聞いてもらうことがあるかもね」

カーライルは肩をすくめて答えた。


「銅貨を持ってくるならいつでも聞いてやるさ。ただし、アドバイスが欲しいなら忘れずに銀貨も用意しとけよ」


彼は少し意地悪そうに言ったが、その言葉にはどこか優しさが滲んでいた。アルマはそんな彼の言葉に、微笑んでうなずいた。


──


墓地から酒場へ戻る道は、月明かりが二人を優しく包み込み、足音だけが静かに響いていた。カーライルは無言で歩いていたが、隣にはなぜかアルマが一緒だった。彼女は時折、墓地の方を振り返りながら何かを考え込んでいるようだった。


「何で一緒に来てるんだ?」

カーライルが不思議そうに問いかけると、アルマは軽く笑いながら肩をすくめた。


「お酒は飲めないけど、酒場で強めの炭酸ジュースでも飲みたくなったの。今日はちょっとした打ち上げってことで、私なりにね」


彼女は夜空を見上げ、風に揺れる金髪が月明かりを受けて輝いていた。その光景に、カーライルは一瞬目を奪われた。しばらく沈黙が続いた後、アルマが小さな声で付け加えた。


「それに──」

「──それに?」

カーライルが眉をひそめて促すと、アルマはいたずらっぽく笑い、彼を真っ直ぐに見つめた。


「これからお世話になると思うから、私の名前、ちゃんと覚えておいてね。アルマよ。きっと、これからも何度も愚痴を聞いてもらうことになりそうだから」


その言葉には軽やかさがありながらも、背後には確かな決意が感じられた。カーライルはその真剣な瞳に少し驚きつつも、すぐに口元を緩めて微笑んだ。


「ったく、変わったお嬢ちゃんだな…」

そう呟きながら再び歩き出した彼は、彼女の無邪気な笑顔の裏に潜む真剣さを感じ取っていた。そして、彼の日常に新しい風が吹き込まれたことを実感していた。


「それと、さっきも言ったけどな、何か頼み事があるなら、まず銀貨を用意しとけよ。タダ働きはご法度だぜ」

カーライルは念を押すように警告した。


アルマは笑いながら返答した。「覚えておくわ。でも、仲良くなれば少しぐらいタダで愚痴を聞いてくれるんじゃない?」


「おいおい、そんな甘い話があるかよ」

カーライルは苦笑しながら答えたが、彼女とのやり取りにどこか心地よさを感じていた。


ふと彼は、月明かりの中で金髪が揺れ、碧眼がキラリと光るアルマの姿を見つめた。まるで、女神様が子供の姿を借りてこの世界に降り立ったのかもしれない――そんな考えが頭をよぎった。酔ってないのに、こんな光景を見せられるとはな、とカーライルは心の中で苦笑した。


「ほんとに、何を企んでるんだか…」

カーライルが小さく呟くと、アルマは前を向いたまま軽やかに言い返した。


「企むなんて、人聞きが悪いわね。ただ、この街を良くしたいだけ。それに、愚痴を聞いてくれる相手がいるって悪くないでしょ?あんたも冒険者の愚痴ばかりじゃ、飽きてたんじゃない?」


彼女の言葉には軽やかさがあったが、その裏に隠された真剣な決意が伝わってきた。


カーライルは彼女の後ろ姿を見つめ、再び微笑んだ。彼女は単に愚痴を言うためにここにいるわけではない。これから、この街で彼女が何をしようとしているのか、そして自分もそれに巻き込まれていくのだろう――そんな予感が、カーライルの心に静かに広がっていった。


「…まあ、どうなるかは見物だな」


彼は静かに呟き、二人は夜道を進んでいった。次に何が起こるのか、カーライル自身も楽しみに思いながら。

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