13

 ――――雪は、蝶の部屋の閉じられた扉の前に立っている。


 時刻は午後十一時五十一分。

 もうすぐ、今日が終わろうとする頃だった。

 雪は背中の後ろに蝶への贈り物を持っている。


 渡す瞬間が楽しみでもあり、同時に少し怖くもあった。贈ることは自己満足かもしれないけれど、やっぱり喜んでもらえたら嬉しいと雪は考える。


 深く深呼吸をして、扉をノックしようとしたときだった。

 ……雪は、違和感に気付く。

 蝶の部屋から、何か、微かに音が聞こえてくるのだ。

 雪は少しの逡巡しゅんじゅんの後で、右耳を扉へと付ける。そうすると、音が段々と鮮明さを帯びていく。



 …………ぐす…………ひっく…………ぐす…………



 雪は目を見開いた。

 蝶が、啜り泣いている……?

 どうして、と思う。何か悲しいことがあった? お祭りのときは、あんなに楽しそうにしていたのに。

 思考は長くは続かなかった。

 ノックすることすら忘れながら、雪は衝動に任せるようにして部屋の扉を開いた。





赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?赤黒い蝶?





 …………目の前の現実を、雪はすぐに脳内で受け入れることができなかった。



 蝶の両腕は、ずたずたになっていた。



 まだ新しい赤色の傷跡と、少し時間が経って血液が赤黒く固まった数多の傷跡。

 ベッドの縁に座る蝶の右手には、刃先が赤く染まったカッターナイフが握られていた。

 部屋には、濃い血の香りが漂っている。

 雪の手から、ぽろりと贈り物が落ちた。


「……ど、どうしたんですか、蝶……!?」


 雪はそう言って、泣いている蝶へと駆け寄った。

 蝶は、潤んだ瞳で雪を見る。

 それから、口角を歪めた。


「雪ぃ…………私ね…………」


 蝶の声は、どうしようもなく震えていた。


「私ね…………本当はね…………最低な、人間なの…………ごめんね…………今まで、ずっと、黙っていて、ごめんね…………わた、私ね…………雪の前ではね…………お姉ちゃんぶって、いたかったの…………雪には、雪にだけでいいから…………素敵なお姉ちゃん、だって、思っていて、ほしかったの…………あはは…………うう…………ごめんね…………がっかりしたよね…………全部、つくりもの、なんだよ…………本当の、私はね…………卑しい、人間、なんだよ…………最低な、人間、なんだよ…………あはは…………ごめんねぇ…………」


 蝶は雪に縋り付きながら、ぼろぼろと涙を溢れさせる。

 そんな蝶を、雪は腰を落として抱きしめた。


「蝶」


 優しい声で、最愛の人の名前を呼んだ。


「本当の蝶がどんな人間であっても、私は蝶のことを愛していますよ」


「愛している」は素晴らしい言葉だと思う。

 隠してくれるのだ。

 汚れた恋も、全て家族愛のように、隠してくれるのだ。


「本当に…………?」

「はい。たとえ蝶が、この世界に生きている私以外の人間を全員殺したとしても、それを知った私は貴女のことを変わらず愛し続けます。それくらい、愛しているんです」


 だから心配しないでください、と雪は蝶の背中をさする。


「雪は……どうして、そんなに、優しいの……?」


 蝶の問いに、雪は可笑おかしそうに笑った。


「気のせいですよ。……私の方が、ずっと、最低な人間なんです」


 そうだ、私は最低だ、と雪は思う。

 両腕が血まみれになった赤黒い蝶のことを、心の奥底では美しいと思っている。

 興奮さえ、覚えてしまうほどに。

 心配な気持ちも勿論もちろんあるけれど、それよりも雪は――赤黒い蝶がだいすきだった。

 異常な妹でごめんなさい、と密やかに謝る。


「雪は、最低なんかじゃない…………最高の、妹よ…………」


 そう言ってくれる蝶はやっぱり尊かった。

 雪は、蝶のことを抱きしめ続ける。

 贈るはずだった蝶の髪飾りは、床に転がりながら袋の中で寂しそうに眠っていた。

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