間章三

10

 三回目の舞台は凍り付いた湖の上だった。


 澄み渡る青空が鏡合わせのようになっていて、息を呑むほどに美しい。そんな世界で、雪ははあと白い息を吐いた。

 片手剣を持つ雪の視界には、一人の少女が立っている。グレーのセミロングヘアと、両耳に付けられた沢山のピアスが印象的な少女だった。

 相手の持つ武器を把握しようと、雪は目を凝らす。


 ――――そうして、衝撃を受けた。


 少女が持っているのは拳銃だった。そんなのありかよ、と雪は思う。一人目の少女は両手剣で、二人目の少女は斧だった。だから勝手に、〈階層試練〉において使われるのは近接武器のみだろうと思い込んでいた。けれど、それは間違いだったようだ。

 灰髪の少女はにんまりと笑いながら、拳銃の安全装置を外す。雪の武器が片手剣であることを知り、安堵しているようだった。


「おい、お前。いいか? そこから動くな。動いたら撃つ」


 少女は女性にしては低めの声で、そうやって告げる。

 静止している雪に、少女はさらに言葉を続けた。


「いいか? 俺の言うことを聞くなら、楽に殺してや」


 ――――雪は駆け出した。


 少女は戸惑ったのか、一瞬たじろいだ。でも、すぐに冷徹な眼差しを浮かべて、雪へと発砲する。

 雪の頬を弾がかすめて、赤い血が舞った。少女は一瞬勝ち誇った表情をするも、雪が少しもスピードを落とさないことに気付くと目を見開いた。


「なっ……お前、人間かよ!?」


 少女は叫びながら、雪へと何度も発砲する。右腕に命中し、雪の手から片手剣がするりと抜けた。少女は口角をつり上げる。武器をなくした雪が、戦意を喪失する未来を読んだかのように。


 ……結局、そんな未来は訪れなかった。


 雪は冷えた表情を浮かべながら、少女との距離を肉薄させていった。それから、目を見張る少女の顎を、下方向から力の限り左手で殴り付けた。


「かはっ…………!」


 少女の口から唾が飛び散る。後ろに倒れ込んだ少女を、雪は左手を握りしめて何度も何度も何度も殴った。少女の顔が段々と腫れていく。あははははは、あははははは、あははははは……そんな笑い声がどこからか聞こえたような気がした。

 少女の右手からぽろりと拳銃が落ちて、雪はその好機を逃がさずに左手でそれを持った。少女の顔が恐怖で歪む。


「やっ、やめ…………!」


 雪にその声は届かない。

 雪に声を届かせることができるのは、果てしない世界の中でたった一人だけだから。


 ――――弾が、少女の頭蓋を貫いた。


 少女は青い空の色をした地面に脳漿のうしょうと血液を撒き散らして、そうして動かなくなる。雪はそっと白い息を吐いた。少女に撃たれた箇所が痛んで、こういった傷は悪食が治してくれるのだろうかと、そんなことをぼんやりと考えていた。

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