二章 大切
02
・高位の存在は、生物の命に干渉することができる。→蝶が難病になっても救える。
・高位の存在は、生物の記憶に干渉することができる。→蝶の心を全て知ることができる。
・高位の存在は、並行世界を渡り歩くことができる。→数多の蝶と永遠に一緒にいられる。
使っていなかったノートを引き出しから引っ張り出して、雪は勉強机の椅子に脚を組んで座りながら、そんな文言を書いていた。
昨日、悪食から提案されたことだった。
〈高位の存在〉の概念を耳にしたときは、幾ら悪食が不思議な雰囲気を漂わせているとはいえ、すぐには信じることができなかった。けれど、悪食が雪の視界にいる全ての人間を一瞬で首なしにして殺した後で、数分後にまた一瞬で治してみせるものだから、雪は〈高位の存在〉が存在し、悪食がそのうちの一人であると認めざるを得なくなった。
雪はノートに書いてある文言をじっと見つめる。「蝶が難病になっても救える」、「蝶の心を全て知ることができる」、「数多の蝶と永遠に一緒にいられる」――どれもが、雪には余りにも魅力的に映った。特に、最後の一文が。
雪は幼い頃から、たまにかれらを見ることができた。「幽霊」という言葉を使わないのは、生物が死後に辿るとは思えないほどに気味の悪い姿をした「何か」もごくたまに目にすることがあったからだ。きっと、それ以外の殆どは幽霊なのだろうけれど。
かれらは誰一人として幸せそうではない。むしろ、不幸を振り撒くような言葉を零してばかりいる。
だから雪は、死後の世界にちっともいい印象を抱くことができない。
きっと自分は死んでしまえば蝶と永遠に離れ離れになってしまうのだろうと、雪は心のどこかで確信していた。何故なら蝶が隣にいれば、自分がかれらのように幸せでなくなることなど有り得ないから。
その事実を見つめようとする度に、雪は心臓が潰れるかのような不快感を覚える。耐えられなかった。どうして
多くは望まない。
ただ、蝶との永遠が手に入るなら、それだけで……
「…………〈高位の存在〉に、なりたい」
「よかったあ」
いきなり隣から声がして、雪は後少しで叫び出しそうだった。
隣を見れば悪食が立っている。今日はチョコレートの掛かったドーナッツを持っていた。
にこにことしている悪食を、雪は睨み付ける。
「急に出てこないでくれますか?」
「あはは、ごめんね? とても嬉しかったものだからさ」
悪食はそう言って、ドーナッツを一口齧る。雪ははあと大きく溜め息をついた。
「まあ、いいですけれど……で、〈階層試練〉ですっけ? 私は何をすればいいんですか?」
「お、乗り気だねえ。嬉しいことだよ……してもらうのは、単純な、」
――――殺し合い。
そう言って、悪食は口を閉じる。
雪は「なるほど」と頷いた。
「で、どこで誰と殺し合えばいいんですか?」
「……あれ、抵抗感とかないの?」
「ないですね」
雪は冷えた微笑みを浮かべる。
雪がこの世界で生きていてほしい人間は、蝶ただ一人だった。それ以外の人間は別にどうでもよかった。友達も恋人もいないし、両親には育ててくれたことへの感謝はあれど、心の奥底ではどうでもいい。雪はそんな自分は客観的に見たら欠陥品なのだろうと思いながらも、思想を変える気はさらさらなかった。それほどまでに、雪の中で蝶が大きすぎる存在だったから。
悪食はまたドーナッツを齧ってから、「変な子」と笑う。
「まあ、僕は変な子の方が好きだけどね」
「そうですか。どうでもいいですけれど」
「あはは、塩対応だね。それで、『どこで誰と殺し合えばいい』かについてだけど、まず場所は昨日話した〈裏側の並行世界〉。そして、人はね……」
悪食はレースシャツのポケットから折り畳まれた紙を取り出すと、それを開いて雪へと手渡す。
「全部、ここに書いてある」
雪は頷いた。その紙にはトーナメント表のようなものが描かれている。左端に「龍ヶ世雪」と綺麗な字で書かれていて、残りの十五人は一人一人名前を見てみたけれど誰も知らなかった。
「誰ですか、この人たち?」
「日本各地から集めた、〈高位の存在〉になりたい女の子たち」
「はあ、なるほど……何で女の子限定なんですか?」
「ここに男の子が混ざったら、殺し合いで基本敵わないと思わない?」
「ああ、言われてみればそうですね……」
雪は軽く目を細めて、頬杖をつきながら紙を眺め続ける。
悪食は楽しそうに笑いながら、口を開いた。
「単純さ。殺し合いで十六人が八人になって、八人が四人になって、四人が二人になって、二人が一人になる。その最後に残った一人が、〈高位の存在〉となる。ね、わかりやすいでしょ?」
「わかりやすいですね。つまり私は、四人殺せばいいってことでしょう?」
「うん、そうなるね! 理解が早くて助かるよ」
頷いた悪食に、雪は紙を元あったように折り畳むと返す。
「で、いつから殺し合いが始まるんですか?」
「明日からだね。明日、三日後、五日後、七日後の四回だよ」
「だいぶ急ですね」
「雪が話を持ち掛けた最後の一人だったから」
「へえ。まあ、私としては助かりますけれど」
雪は開かれたノートに視線を落としながら、ぼそりと言う。
悪食はそんな彼女を愛おしげに見つめてから、ドーナッツを再び齧ると消えた。
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