13

 昼休み、母親が用意してくれたお弁当の卵焼きを、舞は箸で掴んで口へ運ぶ。

 普段は好きなはずの卵焼きも、今は余り味がしなかった。

 雫莉は舞の隣席の椅子を借りて、おにぎりをゆっくりと食べている。


「舞さん、何だか顔色が悪いですよ」

「うん……そうかも、しれない」

「そうもなりますよね。わたしも、ショックでした」


 雫莉は悲しそうに頷いた。

 それから、舞へと微笑みかける。


「よければ今日の放課後、カフェに寄っていきませんか? すぐに家に帰ってしまうと、色々と一人で考えてしまいそうで少し怖いんです」


 雫莉の提案に、舞は一瞬どうしようかと思う。

 けれどすぐに、答えは出た。


「うん、私も行きたい……誘ってくれて、どうもありがとう」

「よかったです。こちらこそ、どうもありがとうございます」


 雫莉は、嬉しそうに表情を緩める。

 舞も、雫莉と一緒にいたかった。

 雫莉といれば恐怖感が和らぐと共に、彼女の美しい純粋性に浸っていられるような気がしたから。


「あ」


 そのとき、雫莉が短い声を漏らす。

 彼女は教室の後方を見ていた。何だろうかと思って舞が視線を動かした瞬間、がしゃんと大きな音が教室に響き渡る。

 いつもなら後ろに置かれているはずの花瓶が姿を消していたから、それが落ちて割れた音だとすぐにわかった。どうやら、誰かがぶつかって落としてしまったらしい。


 舞はすぐに席を立った。こういうときは率先して片付けをするのが舞のポリシーだ。自身の元来の性質なのか、他者に胸を張れるように生きていたいという気持ち故なのかは、最早よくわからなくなってしまったけれど。

 机の陰に隠れていて見えなかった花瓶の惨状を、舞は目にした。



 ――――肉片 肉片 血 肉片 歯 肉片 肉片 血 歯 血 肉片 歯 肉片 肉片 血 肉片 歯 肉片 肉片 血 歯 血 血 肉片――――



 叫び出しそうになったのを、口に両手を当てて何とか堪えた。


「何……で……」

「舞さん、わたしも手伝いますよ」


 後ろから声を掛けられて、舞はゆっくりと振り向いた。



 どろりと顔の溶けた雫莉が立っている。



 今度は堪え切れなかった。舞は小さく叫んで、教室に尻餅をついてしまう。

 痛む身体をさすりながら、舞は恐る恐る顔を上げた。

 そこにはいつものように綺麗な顔立ちをした雫莉が立っていて、驚いたように舞を見つめている。


「どうしたんですか、舞さん」


 雫莉はそっと腰を下ろして、舞の目の側に優しく手を触れた。


「また朝のように、変なものが見えたんですか?」


 心配そうに告げる雫莉から一度目を逸らして、舞は恐る恐る後ろを見る。



 ――――花弁 花弁 水 花弁 瓶 花弁 花弁 水 瓶 水 花弁 瓶 花弁 花弁 水 花弁 瓶 花弁 花弁 水 瓶 水 水 花弁――――



 視界にあったのは、そんな平凡な花瓶の惨状だった。

 舞は雫莉と目を合わせて、今にも泣き出しそうに微笑う。


「……私の目、壊れちゃったのかもしれない」


 そんな舞を、雫莉はぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫ですよ。舞さんは真面目だから、きっと勉強のしすぎで疲れているんです」


 …………そうだったら、いい。

 そう思いながら、舞はそっと目を閉じて、衝動を殺しながら優しい温度に浸った。


 ◇


 放課後、舞は雫莉と共に隣町の小さなカフェに訪れていた。

 舞はチョコレートケーキ、雫莉はショートケーキをそれぞれ注文する。

 女性の店員が去っていき、雫莉は幸せそうに微笑いながら両腕で頬杖をついた。


「ここのケーキ、美味しいらしいんです。来たいと思っていたので、嬉しいです」

「私も嬉しい。確かに、メニューの写真からもう美味しそうだったね」

「そうなんです」


 雫莉は頷いてから、ところで、と口にした。


「舞さん。目の調子は、大丈夫ですか?」

「ああ……今は大丈夫みたい。心配掛けてごめんね、雫莉」

「いえ、気にしないでください。それならよかったです」


 雫莉は安堵したように、少しばかり目を細める。

 それから水に口を付けて、ことりとテーブルの上に置いた。


「美乃さんが急に亡くなってしまったと聞いたから、舞さんにも何かあったらどうしようって、不安になってしまいました」


 よしのさん。

 その呼び方に、舞は目を見張る。

 雫莉は基本的に、同級生のことを苗字にさん付けで呼ぶ人間だ。

 そんな彼女が、名前にさん付けで安住美乃を呼んでいるということは、つまり。


「雫莉は……安住さんと、友達だったの?」


 舞の質問に、雫莉は「そうですよ」と言ってどこか寂しそうに微笑んだ。


「中学が一緒だったんです。高校でクラスが離れてからは、段々と疎遠になってしまいましたけれど。写真もありますよ」


 そう言って、雫莉はテーブルに置いてあった自身の携帯を操作する。

 少ししてから、「ほら」と言って舞に画面を見せた。


 そこには四人の少女が写っていた。

 

 舞が殺した安住琴乃と、全く同じ顔をしていたから。


 舞は震える唇を開いて、雫莉へ問う。


「安住さん、って……双子のお姉さんとか、妹さんが、いたりした……?」

「いえ。確か、三つ下の弟さんがいただけですね」

「そう、なんだ…………」


 舞は俯いて、きゅっと唇を噛む。


「お待たせいたしました」


 そのとき、再びやってきた女性の店員に声を掛けられた。


「チョコレートケーキをご注文のお客様」

「あちらです」


 雫莉が答えてくれて、舞の目の前にお皿が置かれた。

 お皿の上には艶々つやつやとした臓物が乗っていたけれど、それすらも受け入れてしまうほどに、今の舞は疲弊し切っていた。

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