第5話 Vernal Tale

 花を飾ったら可愛く映るだろうか。


 夏の終わりに16の年を迎えた私は、外で遊ぶことなんて滅多にしなくなった。今はこうして女の子らしくお洒落を楽しんでいる。好きな人にも、綺麗だよと褒めてもらうために。

 昔より大人びた私を好いたのだという婚約者は、どことなく『彼』を思い出させる。親切で、頼もしくて。


 そういえば彼はどうしているのだろう。森の迷子になった私に花を贈り、森の外へと連れ出してくれたお兄ちゃん。優しい人。あの秘密は今でも護っている。婚約者にも。だって、2人だけのものだから。

 私の目の前で入口が茨に覆われた時、彼は森の中にいた。やはり彼が怪物だったのだろうか。そうとしか考えられないけれど。


 でも、お兄ちゃんが人を食べるなんてことは信じられない。私を食べたりしなかった。手を繋いでくれた。だからきっと、怪物だなんて嘘。やっぱりあれは子供が森に迷わないようにするための言い回しなのだ。――――毎年、どこの誰が消えてしまったとかいう話を聞くけれど。お兄ちゃんではないと信じている。


 今日は婚約者の許を訪れる予定がある。婚約者の家は森の傍に建っているから、気をつけて行くようにといつも注意される。みんな、入り口が塞がれていることに気づいていないのだ。そこまで近くに行くことはないから。


 でもひどく気になってしまう時がある。婚約者と出会ってからは特に。あのことが夢でないと、思い出と再び触れ合いたいと、強く求める私がいる。

 その思い出の証である花が一輪、机の上の細い花瓶に生けられている。もう10年も前のものなのでさすがに枯れてしまっているが、捨てるには惜しかったのだ。

 色も褪せ、カサカサになった花弁にそっと触れる、脆いこの中に、ほんの短い記憶が詰まっている。


 若草色の髪と紅の目。確かに人間と比べれば鮮やかな姿だけど、怖くもなんともなかった。むしろ童話の妖精みたいだった。


 彼も成長したのだろうか。私みたいに。


 背が伸び、ちょっとは男らしくなった彼を想像しつつ、自分の髪に触れる。


 ここに花があれば、年頃の女の子っぽく見えるだろうか。


 もう秋が去ってしまう季節なので、野原の植物は枯れてしまっている。けれど森なら、彼が住んでいるあの月狩りの森なら、咲いているかもしれない。

 そんなことは――――森の入り口が開かれているのかさえ――――まったく分からないのに、私の足は婚約者の家に続く道から外れていった。



*******



 風が木々の枝の間や重なり合う葉の合間を通り抜け、少年の背中にすり寄る。少年の肩が揺れた。来訪者の存在を伝えられたのだ。

 少年の口元がかすかに緩む。

 靴の下で、草が力なく鳴いた。



*******



 私の思いを見透かしたかのように、絡み合った茨の扉は開け放たれていた。奥深い森の向こうへと、私を吸い寄せる。

 もうすぐ冬が訪れるというのに、森には相変わらず綺麗な花々が咲き乱れていた。月狩りの森で息づく草花はどれも珍しい種類で、花びら自体が輝きを発しているようだった。


 あの日、森を出た後、遊び友達にしつこく問いただされた。どこに隠れていたのか、その花はどこに咲いていたのかと。野原だと答えたら嘘つき呼ばわりされた。そんな光る花があるはずないと。


 悲しかったけれど、秘密にする約束だったので本当のことは言わなかった。私のことを思って彼はそう言ったのだから、なおさら破るなんてできなかった。


『君のためにならないと思うよ』


 また来てもいいかと尋ねた時、彼は困ったように眉を下げた。迷惑なのだろうかと、再び森に入り込んだ今になって考える。

 でも彼の邪魔にならないように、すぐに出て行けば大丈夫。自分に言い聞かせて、花の絨毯に膝をついた。

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