第3話

 私はマダム・レースではないし、マダム・レースにはなれないし、マダム・レースも私にマダム・レースになる事を求めはしないだろう。


 だがしかし、マダム・レースの美しさは憧れを隠せないものであり、出来ることなら自分もそうなりたいと、思うときもある。




 勿論、自分とは別世界の人間 ーー 実在しないのだからそれはまぁ二重の意味で ーー であると感じることが殆どではある。




 私の知るマダム・レースは魔法使いではない。


 穏やかで、特別な容姿を持たない、どこにでもいそうな、上品なマダム。


 ならば、同じ人間である私が、マダム・レースの真似をする事に何の不都合もない筈である。




 と言うことで、まずはマダム・レースが絶対にしないであろう「足で扉を閉める」を止めることにした。もっと言うと、後ろ手に扉を見もせずに閉めるのではなく、体ごと、お臍から扉に向き合い、扉が閉まる最後の瞬間まで見届けるのだ。


 足元の扉だってきちんと膝を曲げて座ってから閉める。ロング・スカートの日は腕でスカートを折り畳むのも忘れない。




 一日やってみて分かったことだが、これはかなり疲れる。と言うのも、動作が圧倒的に増えるのだ。めんどくさい、と思わなくもないが、ジムに行く時間も予算もない中、日常動作でエクササイズをするとはこう言う事なのかと感心してしまった。 ーー 恐らく、世間の人々は私が思うよりずっと運動しているのだと思うけれども ーー 




 全ての事柄にお臍から向き合う。


 これがマダム・レースへの第一歩なのだろうか。


 マダム・レースに問いかけたら、きっとあの微笑みで返されるだけだろう。いつだってマダム・レースがそうするように。

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マダム・レースと疲れたおかあさん リオン(未完系。) @tsukikusakk

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