先輩
「配属ガチャ」という言葉がある。上司ガチャと言ってもいい。
赤子が生まれてくる家庭を選べないように、新入社員は会社の人間関係を選ぶことができない。字面の情報だけで会社を選んでも、結局人間関係は入ってみないとわからない。
社会人になって早4ヶ月。俺は人間関係のわずらわしさにうんざりしていた。どうしてこんな環境で働かなくちゃいけないんだと思っていた。運が悪かった。
「その会社を選んだのはお前だろ」と言われてしまえばそれまでなのだが、少し言い訳をさせてほしい。
端的に言うと、パワハラ気質の上司がいた。
定年間際のおっさんなのだが、そいつがとにかくくせ者だった。怒鳴るとかそういう感じではなく、ネチネチと嫌味を言ってくるようなタイプだった。
人に仕事を押し付けて、あーだこーだと口を出して、遠回しに残業を強要して、自分は暇そうにしている。周りからも評判の悪い上司だった。
なんでそんなやつが会社に残っていられるんだと言ってやりたいところだが、今はいい。あの人をやめさせられる権限は俺にはない。
「――すみません」
「すみませんじゃなくてさ」
そんなやり取りを横耳で聞くのが、日常的になっていた。
よくいじめられているのは、3年目の先輩だ。女性で、可愛らしい人だった。
そんな人が隣で叱られているのが、辛かった。そんな先輩を他の誰も助けようとしないことに、腹が立った。なのに何もできない自分がいて、虚しくなった。
結局、俺も他の人間と同類だった。
「大丈夫? 無理しなくていいよ」
先輩は、そんな俺にも気を遣ってくれるような人だった。
どんなに忙しくても手を止めて、話を聞いてくれて、優しい笑顔で頷いてくれた。
『本当に無理をしているのはどっちだよ? どう考えてもあんただろ!』
本当はそう言ってやりたかった。でも言えなかった。
周りの空気に押しつぶされて、その問題に触れることさえできなかった。
俺にはどうしようもできなかった……無力だった。
このままでは潰されてしまうのかもな。潰される前に逃げてしまえばいいのに。
なんて思った。
……逃げたい。
あんな所から逃げ出して、このままこっちで暮らしたい。
家族と、少ない友人と、林田れもんがいるこの町で、ゆっくり暮らしていきたい。
――そんなことを思ってしまう自分も、どこかにいた。
現実はそんなに、甘くなんてないのに。
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