終章 君と交わした、あの約束を。

『――西園寺グループ会長による裏金問題が発覚し……』

『あの西園寺グループ会長が逮捕されるとは驚きでしたね』

『……最近になって経営がうまくいかなくなっていたという話も』

『現在、各所に混乱を招いている西園寺グループの事件について――』


 ピッ、ピッ。

 リモコンのボタンをランダムに押していく。

 どのチャンネルでも、西園寺グループ会長――つまり祖父の逮捕の話題で持ち切りだった。

 警察に連行されていく祖父の映像もあったが、まるで映画やドラマを見ているような心地で、他人ごとのように思えた。

 自分とは違う世界で起きた物事なのだと。

 けれど、これは実際に起きていることで、西園寺家の者として無関係ではない。


(経営がうまくいってなかったとか、裏金問題とか、全然知らなかった……)


 祖父は、僕を跡継ぎにすると言いながら、大切なことは何も僕に教えてくれていなかったのだ。

 西園寺グループの跡取りという立場は重荷ではあったけれど、僕が存在している理由そのものでもあった。

 だから、僕を庇護していた祖父がいなくなった今、どうすればいいのか分からない。

 

『――そして、西園寺グループが経営していた事業は新たに……』


 テレビを消そうと思った時、画面に映った人物を見て、僕は思わずリモコンを落とした。


『新藤社長! この度の買収に関して、お話を伺ってもよろしいでしょうか』


 パシャパシャとカメラのフラッシュが光る先にいたのは、よく知る顔で。

 どこか冷めた表情でカメラに会釈だけして去っていく。


「は……? なんで、真夜が?」


 僕の脳内は大混乱だった。

 西園寺グループの事業を、真夜が買収?

 真夜の苗字はたしかに「新藤」だが。本当に?

 真夜に西園寺グループを買収できるだけの力があったのか。

 ぐるぐると考えていると、ちょうど買い出しに行っていた真夜が帰って来た。


「あ。ニュース、見たんだな」

「どういうこと? 真夜が、うちを買収したの? ってか、どうやってそんなこと……もしかして、あの夜のお祖父様との取引って……!」

「説明するから、一旦落ち着いてくれ」


 真夜に詰め寄る僕を優しくなだめて、二人でソファに座る。

 僕は逃がすまいと真夜にぴったりとくっついて、至近距離で見つめる。

 諦めに近いため息をひとつ吐いて、真夜は口を開いた。


「ニュースで言っていたとおり、西園寺グループは俺が買収した。将来的には佳月に返したいと思っているが、もし継ぎたくないっていうなら、西園寺グループの名は残さずに、俺の会社に吸収するつもりだ」


 真夜はただの使用人で終わる人材ではなかった。

 成績優秀で機転もきいて、人付き合いもうまい。

 僕を支えるためにと勉強した経営学やITスキルを身に着け、業務円滑化のための新たなシステム開発も進めていた。

 まだ構想段階だったが、西園寺家を追い出されてすぐに完成させ、自ら会社を立ち上げたのだという。

 最初は真夜の若さ故に舐められることもあったが、便利なシステムを前に利用する企業はどんどん増え、会社はたった三年で急成長を遂げる。


「――ごめんな。佳月を迎えにくるのに三年もかかってしまった」


 僕を救い出すために、真夜は西園寺家と対等に渡り合う力を手に入れた。

 それがどれだけ大変なことなのか、僕には想像もできない。

 自分で鳥かごから逃げ出すことすら怖がっていた僕には、真夜と同じことはできないだろう。


「真夜……」


 ぎゅっと真夜の手を握る。


「ありがとう。僕を迎えにきてくれて」


 あの夜からずっと、言えていなかった。


「ありがとう。約束を守ってくれて」


――俺は佳月の傍にずっといるよ。


 小学生の頃に交わした約束。

 一度は離れることになってしまったけれど、今、真夜は僕の傍にいる。


「当然だろう。俺は佳月との約束だけは命にかえても守るよ」

「それは、大袈裟じゃないかな」

「俺は佳月の傍にいるために、会社まで立ち上げた男だぞ?」

「はは、そうだった……本当に、真夜はすごいな」

「だから、もう逃がさないから」


 そう言って、真夜は僕をがっしり抱きしめる。

 まだ僕が逃げるかもしれない心配をしているのかと思うと、なんだかおかしくなった。

 僕が笑うと、真夜が眉間にしわを寄せる。


「大丈夫だよ。僕も、もう真夜と離れたくない。だから――」


 ちゅっと真夜の頬にキスをして。


「今度は、僕が真夜の傍にいるために頑張るよ」


 君と交わした、あの約束を守るために。

 僕は晴れやかな気持ちで、心からの笑みを浮かべた。

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君と交わした、あの約束を。 藤堂美夜 @todomiya38

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