第4話

「今日も、父さん仕事で帰ってこないから」


 そう言って、幸哉は幸佑を家に招く。

 幸哉の意図は分からないが、こちらも言われっぱなしでは終われない。

 幸佑は話をするために、通いなれた幸哉の部屋に入った。


 ――次の瞬間、ベッドに押し倒されていた。


 唇はキスで塞がれて、押さえつけられた腕が少し痛い。

 しかしそれ以上に、唇から伝わってくる幸哉の熱に浮かされて、頭がぼうっとしてしまう。

 幸哉に触れられていると思うと、心臓が痛いくらいに早鐘を打って。

 何度も角度を変えて、唇が合わせられる。強引なキスに呼吸すらままならなくて、空気を求めて口を開けば、幸哉の熱い舌が侵入してくる。


「っは、くるし」

「こういう時は鼻で呼吸して」


 激しいキスをしながら、優しい声を出す。

 もう訳が分からなくて、ただただ奪われるだけのキスなのに酷く気持ちよくて。

 抵抗する気力も薄れてきたところで、幸哉の手が幸佑の体をまさぐりはじめた。


「んぁっ⁉」

 

 幸哉の手が触れたのは、幸佑の股間だった。


(さすがにそこは駄目だ……っ!)


 再び抵抗を試みるも、がたいの良い幸哉にとっては子猫がじゃれているくらいのものなのだろう。

 幸哉は幸佑に覆いかぶさったまま、器用にズボンを下ろした。


「何で勃ってるの? 俺とのキスで興奮した?」

「……るせ。ユキ、お前何のつもりでこんなこと」

「言っただろ? もう幼馴染ではいたくない。俺は、ずっとコウに触れたかった」


 こんな風にね、と言って、幸哉はためらいもなく幸佑のペニスに触れて、先端にキスを落とす。


「あっ、だから、なんで……」


「コウのことが好きだから。もう我慢したくない。だから、一度でいいから、抱かせて。そしたらきっと、諦められる」


 幸哉の言葉に、カチンときた。


「一度だけって、諦めるって、なんだよ! ヤリ逃げなんて許せるかよ! なんで、俺から離れていこうとするんだよ……!!」

「え……?」

「俺たちは、ずっと一緒だって、約束しただろ……!」


 幸せという名をもらった二人だから、一緒にいれば幸せも二倍になる。

 いつも、これからも、ずっと一緒にいよう。

 幼い頃の約束は幸佑の中でずっと輝いていた。

 幸哉は幸佑にとって、家族以上に特別な存在だった。

 まさか、それが愛だなんて気づかずに、愛していた。

 幼馴染で、友人だから。男同士だから。

愛し合うことはできないと心のどこかで諦めて、幸哉を好きになる女子への嫉妬を全部、恋だと勘違いして歪めていた。

好きになるのは異性でなければならない。

だって、男女で愛し合うことが“普通”で、皆がそれを望んでいる。

 でも、幸哉に触れられて、はっきりと分かった。

 性的欲求が乏しかったわけじゃない。異性相手に興奮しなかった理由は簡単だ。

触れ合いたい相手はただ一人、幸哉だったから。

 こんなにも体が熱いのは、幸哉に触れられているからだ。

 そう気づいたのに、幸哉は離れていくつもりで、今、自分に触れている。


「俺に嫌われるために、俺を抱こうとしないでくれよ……」


 いつの間にか視界は涙でにじんでいて、幸哉の顔が見えない。

 それでも、狼狽えていることだけは気配で分かる。


「ご、ごめん……コウ、泣かないでくれ。俺が悪かったから……」


 幸佑が泣いたことで、冷静さを取り戻したのだろう。

 幸哉はベッドから降りて、土下座している。


「なぁ、ユキ。お前はもっと自分の気持ちを出した方がいいと思う」

「……はい」

「あと、いくら我慢できないからって、こういうやり方は良くないな」

「……悪かった」

「それと、俺もコウのことが好きだから、気持ち悪いとか嫌いとか思ってないから」

「あぁ……って、え……好き⁉」

「ずっと、気づかないフリして自分を誤魔化してたのは俺も同じだった……」

「ほ、本当に……?」

「だ、だから、その……俺に嫌われるためとかじゃなくて、恋人としてちゃんと触れ合いたい」

「コウ……! 大好きだ!」

 がばっと幸哉に抱きつかれて、ベッドの上でバランスを崩す。

「俺も好きだ……が、待て! 一度、佐野さんと話してからだ」

「は⁉ この状態で待てっていうのか?」


 幸哉の股間も、ズボンの外からでも分かるくらい主張していた。

 

「俺は、コウとちゃんと付き合いたいんだよ。だから、少し待っていてくれ」

「本当に、俺から逃げないって信じていいのか?」

「あぁ。信じてほしい」


 ちゅっと自分から幸哉にキスをすれば、不安そうな顔があっという間に赤く染まって笑みが咲く。

 小六の時、家出をした幸哉を必死で探したあの日も、こんな風に笑ってくれたっけ。

 あの時の幸哉の笑顔がずっと、心の奥底で宝物のように残っている。


「好きだよ、ユキ」

「絶対に俺の方が好きだと思う」

「まぁ、まさか襲われるとは思わなかったな」

「……反省してる」

「これからは勝手に暴走せずに話すって約束して」

「あぁ。約束する」


 幼馴染ではなく、恋人として。

 これからも二人一緒なら、幸せも倍になる。

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幼馴染に終止符を 藤堂美夜 @todomiya38

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