第3話
女性と付き合うのは初めてではない。
だが、いつも進展のないままに別れることになってしまう。
その原因が自分にあることは理解している。
だから、今度こそちゃんと付き合いたい。
男女の仲にだって、なりたい――ならなければ。
「ねぇ、幸佑くん」
佐野結子。彼女は、同じ学年の女子の中でも、三本の指に入る可愛さだ。
肩口でふわりと揺れる黒髪ボブは、元から小さな彼女の顔をさらに小さく見せている。
大きな黒い瞳も、長いまつ毛も、色白の肌も、男なら目を奪われる。
幸佑は結子の容姿で好きになった訳ではないが、やはり可愛いとは思っている。
高校最後の夏休み。受験勉強の合間にこうしてデートをするのは、今日が初めてだ。
帰り道、上目遣いでこちらを見つめて、甘えたように名を呼ばれ、ドキッとした。
「どうしたの? 佐野さん」
「もう。付き合ってるんだから、名前で呼んでよ」
「まだ、ちょっと緊張してて……」
「幸佑くんって、意外と初心なんだね。ちょっとかわいいかも」
「そ、そうかな」
ははは、と空笑いをすると、結子はぷくぅと頬を膨らませた。
「幸佑くんって、本当に私のこと好きなの?」
あぁ、まただ。
彼女から言われる決まり文句。
好きって気持ちは本当にあるのに、どうして疑われてしまうのだろう。
「もちろん、好きだよ……!」
咄嗟に好きだと言えば、結子はとんでもない提案をしてくる。
「じゃあ、キスして欲しい」
「えっ……?」
「付き合って一か月も経つのに、キスのひとつもないなんて……本当に私のこと好きなら、そういう気持ちになったりするでしょう?」
そういうものなのか。
健全な男なら、可愛い彼女を目の前にして、性的な欲求が湧いてこないなんておかしい。
そう言っていた友人がいた気がする。
(でも、何故か今までの彼女にそういう気持ちになったこと、ないんだよな……)
幸佑は、自分は性的欲求が著しく乏しい男なのだと結論づけていた。
彼女は可愛いし、好きだ。
結子を好きになった最初のきっかけは、なんだったか。
そうだ。幸哉のことを褒めていたから、見る目ある子だなと思った。
幼馴染の幸哉は、少し不愛想で、近寄りがたいと思われている節がある。中学の頃はもっと雰囲気が柔らかかったはずなのに、高校に上がってからは周囲と距離を置くようになったのだ。
陰から幸哉にキャーキャー言っている女子は大勢いるが、やはり怖いのか直接幸哉と積極的に関わろうとする女子は少ない。
だから、最初は幸哉の良さを分かってくれる女子ということで気になっていた。
それから、彼女が幸哉のことを好きだと知った。
妙な胸騒ぎがして、これは嫉妬なのだと気づいた。
好きでなければ嫉妬なんてしない。
きっと、これは恋なのだ。そう、自分に言い聞かせた。
「分かった。不安にさせてごめんね。場所、移動しようか」
結子の手を引いて、幸佑は近くの臨海公園へ向かう。
「わぁ~、すごくきれいだね!」
結子が海を見てはしゃぐ。
夕陽が海面に映って、波打つ度にきらきらと反射してとても美しい。
初めてのキスをムードもなく済ませるのは男として良くないと冷静に判断した結果だ。
「結子ちゃん」
名前を呼ぶと、結子が幸佑を見上げた。
そして、そっと目を閉じる。
幸佑は彼女の肩にそっと手を置いて、その可愛い唇に近づく。
しかし、なかなか触れることができない。
焦れた結子が自分から唇を寄せた時――不意に幸佑の体が後ろに引っ張られて、唇に何かが押し当てられた。
驚いて、咄嗟に目を閉じてしまう。
「は……?」
低い声を出したのは、結子だった。
その声の出場所は少し離れた場所だ。
(だったら今、俺の唇に触れているものはなんだ?)
恐る恐る目を開くと、幸哉がいた。
今、幸佑は幼馴染の幸哉とキスをしている。
それも、彼女の目の前で。
「んぅ、は、なせよっ!」
パニック状態で、幸佑は幸哉の体を押しのける。
「ユキ、お前どういうつもりで……ってか、なんでここにいるんだよ!」
悪ふざけにもほどがある。
怒りを露わにした幸佑だが、幸哉の表情は真剣だった。
「俺、もうコウとは幼馴染ではいられない」
冷や水をかけられたような感覚だった。
心臓が一瞬、驚きに動きを止めた気がする。
それぐらい、衝撃的だった。
だって、幸哉は幸佑にとってなくてはならない特別な存在で、これから先もずっと一緒にいるんだと信じて疑わなかった。
「な、何言って……」
幸哉の言いたいことが分からなくて、ただただ戸惑う。
「佐野さん、悪いけどコウ借りてくね」
「え、ちょっと……!?」
茫然とする結子を残して、スタスタと幸哉は幸佑の手を引いて歩いて行く。
何を聞いても答えてくれなくて、ひたすら無言でたどり着いた先は、二人の家だった。
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