第4話

「唯人。やっぱり嫌いになるなんて言わないでくれよ。俺さ、唯人のことが好きなんだ」


 びくっと唯人の肩が震えた。


「好きだから、会いたいし、心配なんだよ」

「……僕、男なんだけど?」

「そうだな。俺も、自分でびっくりしてる」

「本気……?」

「あぁ。俺のこと、気持ち悪いか?」


 自分で言っておいて、口に出した後にひどく後悔した。

 もし唯人に気持ち悪いと言われたら、立ち直れる気がしない。


「……そんなこと、思うはずない。僕だって」

「ん?」


 俺の胸に顔をうずめて、かすれてしまう声は聞き取れなくて。


「唯人?」


 泣いていないだろうか。

 俺が新たなトラウマを植え付けたりしていないだろうか。

 心配で、唯人の顔を覗き込んだ、その時。


「……っ!?」


 涙に濡れた唇が、俺の唇に触れた。

 触れ合ったのはほんの一瞬だったのに、俺は全身がかっと熱くなるのを感じた。


 ――キスってさ、一回したら癖になるよな。


 仲間の誰かが言っていた言葉がふいによぎる。

 あの時はそんな訳ないと思っていたけれど、これは。


「唯人っ」


 唯人のうなじに手を添えて、俺はもう一度その唇に触れた。

 それからはもう、止まらなかった。

 雨の音も気にならないぐらい、室内にはリップ音が響く。


「ん……はる、もう」

「……悪い、つい」


 初めてのキスに夢中になってしまい、気づいた時には唯人の白い肌は赤く染まっていて。

 その表情を見て、別の欲望がムラムラと湧いてきたが、何とか抑えつける。


「その、唯人は……俺のことどう思ってるんだ?」


「僕は好きじゃない人とこういうことはしない」


 ふい、とそっぽを向いた唯人が可愛すぎて、俺はおもいきり抱きしめた。


 いつの間にか雨は止んでいて、雲間から光が差し込む。

 二人でベッドに腰かけて、そのどこか幻想的なその景色を見ていると、唯人がぽつりと漏らした。


「……誘拐されたあの日、僕は人形にされたんだ。ただの、欲望を吐き出されるだけの」


 唯人が自分からあの事件の話をするのは初めてだった。

 俺は黙って話を聞きながら、唯人の手を握る。


「犯人は僕の顔が好みだったらしくて、何度も何度もキスをして、身体に触れてきた」


 たしか、捕まった犯人は三十代の女性だった。

 美少年が好きで、自分だけの色に染めたかったとかなんとか、頭のおかしなことを言っていた。


「解放されてからも、誰かに触れられることが気持ち悪くて、女の人が怖くて、母さんでさえ僕は拒絶してしまっていた……でも、晴臣の側にいる時は安心できた。それに、覚えてる? 晴臣が、僕の傘になるって言ってくれたこと」

「あぁ、覚えてるよ」

「嬉しかったんだ。でも、僕のせいで晴臣の大好きなサッカーを奪ってたよね? だから、もう晴臣がいなくても平気にならなくちゃって……晴臣には僕にも言えない彼女がいると思ってたし」

「彼女はいない!」


 誤解されたくなくて、俺は思わず強く否定していた。

 唯人はふっと力を抜いて笑う。


「うん、十分伝わったよ」


 あの無我夢中になったキスで。

 思い出すとまた胸が熱くなって、鼓動が速まる。


「……そ、そうか。ならいい」

「僕は、晴臣が気づくずっと前から、晴臣のことが好きだよ」


 せっかく体の熱を冷まそうとしたのに、急に告白されて、俺の心臓はおかしな動きを始めた。

 なんだこの胸の疼きは。きゅうきゅうと胸が締め付けられる。愛おしさに。


「さっき言ったこと。本当なんだよ?」

「……?」

「あんなに怖かった雨の日が、晴臣のおかげで怖くなくなったんだ。だって、雨の日には晴臣のこと独り占めにできるから」


 怯えて震えていたのは、雨の日だからじゃない。

 晴臣を拒絶することが怖かったから――。


 そんなことを言われて、もう我慢なんてできなかった。


「あ~もう、好きだ!!」


 俺は唯人をベッドに押し倒し、あの日の決意と約束を思い出していた。


 ――俺が、唯人の傘になる。だから、唯人は俺を手放すなよ。

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雨の日に、君と。 藤堂美夜 @todomiya38

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