初めての戦闘は敗北と予想外の味2

「そういえば、伊織って妹がいなかったか?」

「何を言ってるんだ?気の所為だろ。いなかったぜ」


家を出てから、最初の曲がり角を曲がる。

フィルはここにきてようやく、俺から手を放す。それまで振り向くことがなかったから分からなかったが、落ち着いている様子だった。


怒りのパワーはそこまで持続しなかったのだろうか。


「そういえば、伊織とこうして言い合ったこともあったな」


ふと、思い出したように向こうから会話が始まる。


「ああ、原因は覚えていないけど、結構大きな喧嘩だったよな。」


それは幼少期の記憶。

詳しい時期は曖昧だったが、まだ両親が家にいて、伊織と口喧嘩が出来た頃。そうなると、小学校時代

だ。些細な言い合いはよくあったが、喧嘩まで行くと低学年の頃だったはずだ。


きっかけは何かの認識の齟齬といった小さなものだったが、お互いの意地がことを広げてしまう、幼さに起因する喧嘩だったはずだ。


「そんなの、よく覚えていたな」


言われるまで、そんなことすっかり忘れていた。


「いや、こういう風に誰かと罵りあった記憶があったからな」

「見た目が全然違うから、意識してこなかったけど、フィルは俺なんだもんな、同じ記憶があって当然か」

「そうだぞ。そう意味なら記憶どころか趣味嗜好、好きな女。何もかも同じだ。気持ち悪いが俺たちは親友になれるポテンシャルすらある」

「ならおすすめのアニメとかゲーム、教えてくれよ」


数年後の自分であれば、今の俺より多く趣味の探求を行っているはずだ。

触れてこなかったジャンルや、知らなかった名作をドンピシャで知っているだろう。

にやり、とフィルは笑う。待ってましたと態度が語る。


「いろんな作品に触れてきたが、一番面白いと思ったのがあるぞ。とっておきだ。この時代でも、もうあ

るはず」

「ホントか!?是非教えてくれ」


フィルは両掌をこちらに向けて、上下に軽く振った。


落ち着けという合図だ。


興奮のあまり、俺は顔をぐっと寄せていたらしい。

無意識だったが、大きく視界を埋めるフィルの困った顔が何だが、可笑しかった。

それで、思わず笑ってしまう。


「さっきまでムードは険悪だったのにな」

「お互い、本気で貶し合ってたわけじゃないだろ?大方、俺を挑発して協力させようって感じだったな」


どうやら、俺の思惑は読まれていたようだ。


「当たり。流石は俺だな」


思考パターンまで一致している人間が眼前にいる、それは不思議な感覚だった。

しばらくすると、正門が見えてきた。


あと少しで学校に着くという距離。


「これから、俺の力の本領を見せてやる。一志、最近一番よくする妄想はなんだ?」


意図は読めなかったが、ここは素直に答えることにした。


「最近も何も、妄想なんて大抵パターンは同じだよ。伊織を救出するタイプの妄想をよくするかな。不良とかテロリストに襲われるって感じの。」

「まあ、それはそうか。ならテロリストだな」


話しながら、下駄箱に靴を入れて、上履きに履き替える。

フィルはいったい何を考えているのか。何がテロリストなのか。


「何を言ってるんだ?」


彼は考え事をしているのか、独り言を話すばかりで返答もしない。

顎に手をあてて、まともに前も見ないでゆっくりゆっくり歩を進めている。

仕方なしに自分で考察して、頭を回しても答えが出るはずもなかった。


途中、タイミングよく担任とすれ違った。授業終わりであったのか、教科書や資料を持った担任の先生と出くわした。しかし、時間をよく確認すると、まだ授業終了までしばらく時間があった。

授業がなかったのだろうか。


それとも、次は昼休みであるため、早めに切り上げたのか。

真意は不明だが、午後から参加するという報告が出来たので、良しとする。

人がいなくなったところで、ようやっと再びフィルが口を開く。


今日は休みと聞いていたが、と当然のことを聞かれる。

少し良くなったから午後から参加する旨を伝えた。

すると、特に追及されることもなく、無理するなよとだけ心配された。


我ながら嘘を吐くのが上手くなったなと余計な感想を抱いてしまった。

慣れるのは良くないので、抑えようと意識した。

フィルは先生には目もくれず、先行していた。


階段と階段の間の踊り場で一度立ち止まると、こちらに振り向いた。

優社に髪が揺れて、桃色が視界いっぱいに広がる。


「俺は、一志のように霧で範囲を囲わずとも、状況を変化させられる」


これから、何をするのか説明を開始つもりのようだ。

俺は大人しく黙り込んで、概要を理解するように努める。

するのは、ときどき頷いたり、相槌を打つのみ。


「周囲の人間も違和感なく動かせる、最初の不良たちみたいにゾンビのようになることはまずない」


それは凄いことだ。


俺が力を使ったときは、霧のドームに覆われて、不良に襲われるシチュエーションを思い浮かべたとき。だけど、霧の中の小さな範囲で、俺たちを襲う役を担った男たちは、自我を失っていて、ゾンビのようであった。


それが、範囲もなく、自我も残った状態で妄想を現実にできる。

それはまさにチートとも呼べる能力だろう。


「だが、力を使い終われば記憶が残らないのは同じ。唯一残るのは気持ちだ。」

「気持ち…?」

「そう、例えば、伊織をテロリストから助けたとする。伊織や周囲の人間には襲われた記憶は残らないが、一志に助けられたという感謝や尊敬の念が残る」


もう驚くことはないと、家では思っていた。

しかし、ここまでのレベルの実力を持っているというならば話は別だ。


「だが、それを使うには相応の体力が必要だ。影響力が大きくなればなるほど、巻き込む人が多いほど体力を消費する」


大きな力には大きな代償が、という定番の流れ。


「どれくらい体力が必要なんだ?」

「そうだな、クラス全員ともなると数日か下手すれば数週間、昏睡状態に陥る程度だな」

「でもそれじゃあ、フィルがしばらく動けなくなるじゃないか」

「だから、人数を絞ろうと思う」

「というと?」

「社と伊織、二人だけなら後で半日寝込むだけで済む。少人数な上に人気のないところで力を発動すれば周囲への影響も少ないから、体力消費も少ない。」


なるほどな。


周囲への影響力が大きいほど消耗が激しい。

ということは、影響力を小さくすれば、逆に消耗も少ない。

今回は伊織が俺に好意を向けてくれるきっかけになればいいのだ。


彼女さえいれば、十分と言える。


「それなら、屋上とかに呼び出すのが楽だな。でも何で社が必要なんだ?」

「いきなり伊織一人だけお前が呼び出すのは難しいだろ。社も巻き込めばスムーズにことが進む」

「二人きりになるところから、力で仕向ければいいんじゃないのか?」

「言っただろ。最終的には自力でなんとかしなくちゃいけないんだ。それは自分でやらなきゃ意味がない。社を付けるのだって、本当はない方がいいくらいだ」

「それもそうだ」


要は社は保険のような役割だ。俺が単独で伊織を呼び出せれば、それで無問題であるが、失敗するのが目に見えている。社がいれば誘うという巨大な壁も超えやすくなる。

アイツも俺が呼び出しをするって聞けば喜んで協力してくれるはずだ。


全て自分でやるのが望ましいが、妄想力に頼りすぎてはいけない。

社に橋渡しを頼むのが、最大の譲歩。


「具体的なシチュエーションはどうするんだ?」

「それは俺に一任してもらおう。内容は午後いっぱい考える。お前は誘い出すだけでいい。あとは俺が何とかしてやる。悪いようにはしないさ」


まあ、ここであれこれ内容を教えられても覚えられる自信がない。

中途半端に暗記して、混乱する予感がする。


そもそも、俺は伊織を屋上に誘い出さなければいけないのだ。それに頭のリソースを使い切って、手が塞がる可能性も高い。それを見越しての提案か。


「分かった。じゃあ決行は放課後だな」

「そうだ。黄昏時、一番盛り上がる時間帯に」


フィルは嬉しそうに階段を登っていく。

丁度、昼休みになるチャイムが響いた。


俺はフィルにはついていかず、生協にパンでも買いに行くことにした。思えば、朝から何も口にしていない。アイツも牛乳しか飲んでいなかったな。一応聞いておこう。


「昼はどうするんだ?必要なら買ってくるぞ!」

「自分で何とかするから大丈夫!」


もうフィルの姿は見えなくなっていた。声だけが、反響して耳に入る。

どうするつもりなのか知らないが、彼なら心配することもないと判断する。妄想力で食べ物も出せると豪語していたくらいだ。もちろん、得られるカロリー以上に体力を消費することにはなるが。体面を取り繕うことは可能だ。


俺とくっ付いていると、どの道俺たちは損をする。

俺はフィルに悪い心象を与えるかもしれない上、クラスの連中の視線も痛い。

フィルは注目されている中、俺との関係を正直に口にできない。


詰められれば、ボロが出てしまうだろう。話の整合性を保つ必要も出てくる。

ただでさえ、同じ家で暮らしてることになっており、今日は偶然とはいえ二人して遅刻してくるのだ。


誤解を招くのを防ぐためにも別々で動くのが吉。


思考回路が同じなら、似たようなことを考えたに違いない。

俺は黙って歩き始めた。何のパンを購入するか考えながら。


「おーい、一志!」


足を動かしていると、後ろから声をかけられた。声の主は振り返る間もなく俺を追い抜き、横に並んだ。声からもは分かってはいたが、社だった。


相変わらず元気そうな、爽やかな笑顔。

社がモテるという事実は、こういった言動から嫌でも分からされる。


「午前中来なかったから、心配したぜ。大丈夫かよ?」

「先生には病欠って報告してたけど、実際はただの寝坊だったから」

「お前、バイトで毎日大変だもんな…たまにはそういう日があってもいい」


背後から、一つ二つと足音が近づいてきた。

これは社みたく俺に構うためではなく、単に生協に向かう生徒の足音だ。

即ち、俺と同様に昼食を求める連中。うちの学校での売店は、かなり種類が多い。


それは、学校が駅に近い東側ではなく山に近い西側に寄っているせいである。街の構造上、コンビニといった店舗が駅の方に集約してしまっているのだ。


昼の間にそんなに遠くまで出歩くことは不可能である。

その観点から、弁当を含め多くの品が揃う生協が入っている。

学食も兼ねているので、規模もそこそこ。評判も生徒の中で高い。


「社先輩、こんにちは!」「おう、ナオも元気そうだな!」


と、こんな調子で何度か声をかけられていた。もう見慣れた光景だが、この人望は素直に尊敬する。俺にはできない芸当だ。だからこそ、昔からの馴染みとはいえ、今でも仲良くしてくれる有り難さが一層心に染みる。


「フィルも来てたと思うんだけど、すれ違わなかったか?」

「そういえば、さっき一瞬顔を合わせたな。軽く挨拶したぞ。それがどうしたんだ?」


思い出したように社は言う。あまり興味がなさそうな様子。


「いや、昨日一番積極的に声をかけていたじゃないか。興味あるんじゃないかと思って」

「ああ、そういうことか。もうあんまり興味はないかな」


あっけらかんと言い放つ。

俺にはそれが意外だった。


社は昔から人に優しく明るいイメージがある。

今でもそれは変わらない。だからこそ冷たいとも感じる言い方に引っかかる。


「なんか、社らしくないな。もっと転校生とかには興味津々なイメージがあったのに」

「そうか?俺はいつも通りのつもりだ。彼に色々絡んだのは、お前の知り合いだったから気になっただけだ」

「どういうこと?」

「一志は今色々大変な状況だろ。」


学校と、生活費のためのバイト。言葉にすれば簡単だが、時間的にも体力的にも余裕があまりないのは否定しない。だけどそれとフィルが、どう結びつくのか俺には理解の範疇を超えていた。


「普通の転校生なら、俺も普通に接するさ。だけど彼はそうじゃなかった」

「フィルは確かに普通じゃないな。見た目とか能力とか突き抜けてる」


社が首を振って否定する。


「いや、俺が普通じゃないと言ったのはそこじゃない。一志の親戚を名乗ったからだ」


フィルも社も似たような分かりにくい言い回しをするな。


「一志が大変な状況なのに、なんで今まで助けてくれなかったんだ、とか色々考えちゃってさ。最初は怒ってしまったよ」


苦笑いをして、頭を掻く。


「社…」

「話をして、助力が厳しい状況だったと分かったんだ」


それでも複雑な気分だから、仲良く接するいというのは難しいと社は締める。


「そんなことまで考えていたんだな…ありがとう」


そうか、社は俺のことを案じてくれていたんだ。金銭的に厳しく、外部に助けを求めていなかったことを知っているからだ。そこに親戚を名乗る人物が現れれば、せめて話だけでも聞きたくなると言うのは納得のいく話だ。


照れ臭そうに、今度は鼻を掻いている。


「別に特別なことをしたわけじゃない。俺の自己満足だ。これでフィルと一志の関係が悪くなるかもしれないんだ。逆にすまなかった」


脇を締めて、頭を下げてきた。


「頭を上げてくれ、大丈夫だから」


二人の間に沈黙が訪れる。周囲は騒がしいのに、空気が重いのは初めての経験だった。

そうこうしてるうちに、生協の食堂に着いた。既に足早に駆け込んでいた生徒も多く、いつもと同じような賑わいを見せていた。節約をしたい俺のような生徒にとっても、そうでない生徒にとってもここは安く

て量が多いから貴重な場所だ。


毎日ではないが、定期的にお世話になっている。黙って、既存の列に並び、何を買うか選ぶ。パンにしようと考えていたが、考えてばかりでお腹がすいた。今日は何かしらの定食にしよう。列の途中で券売機で食券を購入し、出来上がったものを受け取る。


とんかつを食べることにした。社も似たようなもので、唐揚げの定食をチョイスしている。


ここで購入したものは、基本的にどこで食べてもいいことになっている。大抵は学食の席に着くが、天気がいい日は校庭に出るのが定番だ。


今日は、晴れているので、そうした人並みに乗って外に出た。

人気のない駐車場の方のテーブルに腰をかけて、お互いに向かい合う。

社は思うところがあったのか、まだどんよりとした顔をしていた。


俺は雰囲気を変えるべく、話題を探す。ピッタリのものがあったのを忘れていた。


「そうだ、社。お願いがあるんだけど」


切り出すと、社は自身の頬をはたいた。

一変して明るいいつもの彼が戻ってくるのが分かった。


「一志が俺に頼み事なんて珍しいこともあるんだな。何でも言ってくれよ」


俺は緊張して、お腹の辺りがズンと重くて痛くなるのを感じた。


「伊織、を。放課後、屋上に呼び出して欲しいんだ」


詰まりながら、そう伝えると社は飛び跳ねるほど驚いていた。箸でつかんでいた唐揚げを落として、口をあんぐり開けている。傍から見れば間抜けの所業だ。


だが、それはそうだろう。


彼は俺が伊織に好意を寄せているのを知っている。

当然、好意を寄せながらも、中々アプローチ出来ていなかったことも重々承知だ。更に、社はデートにも

誘えない俺を見かけて協力を打診し、付き合わせるための努力もしてくれていた。


当の本人より頑張っていたくらいだ。

だけどそれも功を奏せず、積み重ねた努力が泡となって消えてしまっていた。

口にはしないが、彼も手を焼いていて、俺からの行動は期待できないとまで考えていても不思議ではない。そんな俺から協力、それも伊織を呼び出すことを依頼されるなんて夢にも思っていなかったに違いない。


「お、お前本気か?」


その証拠にそう口にしてきた。


「あ、いやでも、一志が本気なら俺が口をはさむこともないか…でもとうとう、か」


社は感慨深そうに口々に何か独り言を呟いていた。感動しすぎな気がしないでもないが、万感の思いに耽っているところに水を差したくない。目の前のトンカツを齧りながら、何か言ってくるのを待つことにした。


社は食べる手を止めて、空を見上げている。


「告白。遂にするんだな」

「え?」

「いや、皆まで言うな。呼び出すんだよな、屋上に、伊織を。もう後は任せておけ」


テーブル越しに肩に手を置き、社は一人で納得していた。

社は俺が告白する決意を固めたのだと、誤解しているようだった。


確かに、屋上に伊織だけを呼び出すなんて告白としては王道のパターンである。そんなことに今更気づく。だけど、正直に妄想の力を使って俺に意識を向けさせるため、なんて言うこともできない。


彼はフィルの正体も、彼との会話も何も知らない。


仮に正直に伝えたところで頭がおかしいと心配されるのが落ちだろう。

まあ、目的が果たされれば道筋はどうなっても大丈夫なはずだ。


「おーい、一志―!」


と、そこに伊織本人がパタパタと走りながらやってきた。

肩で呼吸をしている。急いでいたらしい。俺たち、いや俺をようやっと見つけたといった様子。どんな急用があるというのだろうか。


「どうしたんだ?伊織」

「先生が教室に来て、一志を見なかったかって」


社が聞き、伊織が息を整えながら回答する。


「俺?何だろう…」


努めて冷静に伊織の方を見る。彼女とは昨日も普通に話すことが出来た。だけど人間はすぐには変われない。やはり目を見るだけで緊張するし、口を見れば心が揺れる。まして、今社は俺が放課後に告白すると勘違いしている状態だ。


態度に動揺が現れないように気をつけよう。


「今日の出欠席のことと、フィルさんのことで話があるから時間のある時に来てくれって。今日じゃなくてもいいみたいだよ」

「それなら伊織が急ぐ必要はないんじゃないか?」

「それが関係あるの。先生はフィルと一志は住所が一緒だから、なんとかって。そしたらクラスの人達が大騒ぎし始めちゃって…」

「おいおい、住所が同じって、一志本当かよ」

「うん、本当だよ。こっちに来るのに家がなかったからウチに住むって」


ここで嘘をついても仕方がないので、正直になる。フィルが家にいることは、たまに訪問してくれる二人には遅かれ早かれ判明してしまうことだ。中途半端に隠すぐらいなら今話しておいた方がいい。


「だから、今クラスには戻らない方がいいよって言いに来たの」


伊織は逃げるように促しに来たということ。


いつもの俺なら、確かに逃げていただろう。俺の性格を誰よりも知っている伊織だから、こうして先手を打てるよう手助けをしてくれたのだ。


だけど、フィルが来てからの俺は違う。

まだ数日しか経過していないけど、伊織とも話せた。

距離があった伊織と、こうして会話が出来ている。


それに、フィルが転校してきた昨日も俺はクラスメイトに然として対応した。

多分、未来の自分が成長しているのを知ったせいだ。


これで自分も追い付けるよう努力したいというモチベーションが湧いたのだ。

そして、そのフィルとも伊織と歩む未来を掴むために協力関係を持ちかけた。

結果は成功して、放課後、早速一手を打つことになっている。


そんな俺が、例え小さな出来事からでも逃げることは良くないことな気がした。

ここで引き返すことは、縁起が悪い気がする。


「大丈夫、最近の俺は一味違うから」


坂の上で止まっていたボールは、フィルという手で押されたことで一気に転げ落ちていく。その勢いを止めることは誰にも叶わないのだ。


「一志なんだか変わったね」「てっきり裏門から帰るのかと思ったぜ」


俺が教室に戻るのが意外だったようで二人ともそんなことを言ってくる。社は、俺の背中を一押しして、


「ちゃんと放課後屋上に行くよう話を付けておくよ」と耳打ちしてくる。


頼りになる友人に見送られて、俺はその場を立ち去った。

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