初めての戦闘は敗北と予想外の味1

次の日の朝、フィルと話してから数時間後。


俺は焦りを感じて起床した。いつもと違う朝の雰囲気、遅刻を確信させる陽の光の差し具合。目覚まし時計が無力に沈黙していた。


そう、遅刻、それも大遅刻。


時刻は既に二限目を迎えていて、朝より昼の方が近い。

もう焦ってもどうしようもないと悟る。


不思議なことに人間そうなると逆に余裕が出てくる。ゆっくり背伸びをして部屋を出た。

階段を下ってリビングに入ると、未だソファではフィルが眠っていた。


緊張感のないだらしない顔で、口を大きく開けている。

口端からは涎が垂れていて、これが将来かと思うと不安な気持ちにさせられる。


「おい、フィル。朝だぞ」


ユサユサと肩を揺らすと、鼻提灯がパッと弾けた。


「お、おぅ、もう朝か…」


悠々と上半身を起こして、グッと背伸びをする。猫のようにしなやかに、のそのそと動き、怠そうに大きな欠伸をする。顔は美少女のままなので、窓から差し込む光を受けて、その顔立ちが綺麗に照らし出された。


絵になっているのが、なんだか面白い。


「俺の方が早く起きるなんてな、といっても大遅刻には変わらないけど」


フィルが眠い目を越すりながら、時計の方に頭を向けた。

ようやく、現在が何時であるかをか意識したのか、寝癖がピョコンと動く。


「もうこんな時間なのか…今日はもうサボるかな」


立ち上がってそのまま冷蔵庫に向かい、フィルは中を漁る。

牛乳が残り少ないことを確認するとパックにそのまま口をつけて飲み干した。客観的には行儀が悪いだろうけど、自分もやっているので文句は言えない。


むしろ、ちょっとだけ親近感が湧いてしまった。


「妄想力で食べ物も出せるけど、得られるカロリー以上に疲れるからねぇ…」

「まあ、食費さえ払ってくれれば何でもいいよ」

「そうか。ならとりあえず、あのグミをくれないか?」


どれだけあのグミに執着しているんだか。


「今丁度ストックがないんだ。後で買っておくよ」


分かった、とフィルは返事をしてこちらを向いた。


「今日はもう学校は休もう、作戦会議と行こうか」


剣呑な様子で、そんな提案をしてくる。


「俺たちが二人ともさ休んだら、不審に思われないか?まだ学校に連絡もしてないんだぜ?住所は同じで届けてるんだろ」

「それならお前が連絡しておいてくれ、俺に町を案内するとか理由は適当で」


なんて無責任な、だがそれが一番早いだろう。

町案内など休日にしろ、と言われそうなので普通にフィルが体調を崩したことにするか。

などと頭を回しつつ、電話をかける。出たのは担任ではなかったが、体調不良を理由にしたおかげか、特に咎められることもなく連絡は終わった。


引越しをして環境に慣れてないせいだと向こうは思ったのか、お大事にとか、看病をしっかりね、なんて言われた。


実際は両者共にただの寝坊なので罪悪感。

俺も日頃は真面目に出席だけはしているので追及もされなかった。


「それで、何かいい提案でもあるの?」


俺は正直いい案が浮かんでこない。

何をすれば伊織に好かれるのか、何から始めればいいのか、協力を持ちかけたのは俺なのに具体的な思案がまとまらなかった。


「そうだな、まずはルールを決めるのがいいんじゃないか?」

「ルール?」

「俺が手助けできる範囲とか、妄想力をどれくらい使うかとか、そういうの」

「全面的に協力してくれるのかと思ってたよ…」

「付き合うことが恋人のゴールじゃないんだぞ。俺のアシストがなくても付き合いを継続できるようにならなくちゃ意味がない。そもそも俺だっていつ消えてもおかしくないんだからな」


ぐうの音も出ない正論に、俺は押し黙る。

フィルの言う通りだ。


例えば、フィルの妄想力やアシストを前提にして自分の魅力を底上げして伊織に認められても、一生それでどうにかなるわけではない。


フィルが突然消えてしまうかもしれないからだ。


そうなれば、どんなに順調にことを運んでいても、そこで崩れるだろう。

真の意味で付き合えてるとは胸を張って言えない。


それに、絶対に心のどこかで頼っているという負い目を感じることになる。

それを生涯隠しお通さなくてはいけないというのは相当な負担になる。

頼りっぱなしはなるべく避けるべきだ。


「特に妄想力はあまり頼るべきじゃないな」

「じゃあ逆に何を手伝ってもらうのがいいんだろう」

「きっかけ作り、だろうな。それも最終的には自分でできるようになれれば完璧だが、最初は無理だろうしな」

「確かに俺は話しかけるのにも緊張するくらいだからな、悔しいけど」


最近は、というかここ二日は話せているが、それも伊織が話しかけてくれたからだ。

何故か俺は彼女に自ら話しかけることが出来ていない。


単にチキンと蔑まれれば、それまでだけど。

何か理由がある気がしてならなかった。


「でも、そういうフィルも偉そうに言うけど結局付き合えてはいないんだよな」


つい、本音というか、事実が漏れる。

ぷちん、と脳血管が一本切れる音がした。

フィルは不機嫌そうな顔をして、腕を組む。


どうやら、それは彼も気にしていたようで、地雷を踏んでしまったらしい。


「それでも?デートだけはしてる分、お前よりは上、だけどな」


謝ろう、一瞬考えが頭をよぎったが、訂正。

嫌味には嫌味で抵抗するべきだ。


「デートまでしたのにその先まで行かなかったのは、お前のデートが相当つまんなかったからじゃないのか?」


今度は、口角をひくつかせ、こちらを睨む。


「そもそも恋愛など自力で何とかするものだろう。人に頼ること前提で動いてる時点で、今のお前は負けだ」


ぐっ、痛いところを突いてくるな。

今の俺は話しかけるのもままならないのが現状だ。


なんとか協力をしてもらう方向に舵を切りたい。俺はカッとなった頭の回転をコントロールするよう努める。


「なんだ、やっぱり自信がないのか?」


そんな俺の思惑を知ってか知らずか、フィルはピタリと動かなくなる。


「お前は俺だ。どうせ失敗するとでも思ってるんだろう?自分がそうだったみたいに」

「………」

「何歳も年下の癖に、生意気だぜ。少しは尊敬したらどうだ」

「年の数だけ偉くなるなら、総理大臣は百歳を超えてるよ」

「俺はこんなに癇に障るガキだったのか」

「相手が自分だから、遠慮なく言ってるだけさ。他人なら、考えなしに詰めたりしない」


俺は、ここで更に煽ることを選択した。


「導ける自信がないなら最初からそう言うんだな」


あまり賢い選択ではないが、自分の性格は自分がよく知っている。

俺が俺であるならば、こうした売り言葉に買い言葉には乗ってくるだろう。


フィルは頭に青筋を浮かべて完全に怒っているようだった。

二人の間の距離を詰めてきて、胸倉を掴まれる。


「上等じゃないか!やってやるよ!今から学校に行くぞ。俺が役に立つってことを証明してやる!」


思惑通り、俺に協力することを持ちかけてきた。

ただ、想定外だったのはそこからだ。


フィルにそのまま俺の服を無理やり剥がされ、制服に着替えさせられる。

彼自身もいつの間にか着替えたようで、見かけだけは学生のそれになる。当然のようにスカートとネクタイを締めている。地味な制服に、派手な髪色が良く映えているな、呑気にそう思ってしまった。


フィルは、俺の手を引っ張って学校まで走り出した。

時刻は昼に近づいている。


もう学校に休むと連絡したというのに…。

俺のせいとはいえ、こうなってしまうとは。


自分のことは自分が一番わかっているというのは訂正だ。そうだ、彼は今の俺より数年先から来ているのだ。思考回路が変化しててもおかしくはない。なぜなら俺は怒りに従って行動するタイプではないはずだからだ。


もしかしたら、自分でも知らない俺の一面なのだろうか。

怒っている人を見ると冷静になるとはいうことなのか。


ともかく、考えるのはよそう、そう思った…。

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