妄想力2

話終わる頃には、フィルの表情は一転して暗いものになっていた。


天気も相まって悲壮感が強い。


「最初は夢かと思った」


走馬灯、自分が妄想力を手に入れた日の走馬灯を見たのだと思ったらしい。

それで、せめて夢の中でくらい自分を救いたいと思って行動したということのようだ。


だが、現実にはこの世界に召喚されただけだった。

最初、時間がどうこう言っていたのは、妄想力の効力はもちろん、すぐに死んでしまう確信があったということだった。


「この街を歩いて、自然と涙が出たんだ」


フィルの言葉は続く。

どうやらこの街は、都市開発を数年後に受けることになるという話だ。


街は大きく形を変化させる。東側が裕福で、西側がそうではないという構造化は同じだが、建物が建て替えられるそうだ。

学校も、見慣れた土地も面影もなくなるほどに。


それを知っているから、懐かしさが溢れて止まらなかったと。


「歩いていて、あの建物がある、学校があるって思うともうダメだった」

「そうか」


俺は凡庸な返事しかできなかった。

七年、それは長い年月だ。その間にフィルが経験した悲しみや苦痛に対して、かけられる言葉など持ち合わせていなかった。


伊織の死、その衝撃は俺には想像つかない。

そうして街を歩いて、たどり着いたのは伊織の家の前だったそうだ。

彼女が亡くなったあと、一度だけ目にしたが部屋に灯りが止まってなかったのを見て、その存在の消失を実感したという。


「部屋が明るかったんだ…」


言の葉に万感の思いが乗っていた。

目に涙を浮かべ、声には覇気がない。

しかし、どこか安心したような雰囲気が伝わってくる。


彼の体は震えていたが、それは怯えや恐れからくるものではなかった。


「でも本人を見るのは辛かった…教室では明るく振る舞ってみせたが、伊織の顔は一度も見ていない。お

前に絡んだりしたのは、伊織に意識を向けないための自己防衛でもあったんだ」

「それは他に方法が、というかそもそも学校に来なければ解決したんじゃないか?」

「矛盾するようだけど、伊織に会いたくないという気持ちと、伊織をもう一度みたいという気持ちが混在していたんだ」


その二律背反が、フィルを学校まで連れてきたということか。


「でも教室にずっといるのは辛いからお前を頼ることにしたのさ」


なるほど、それであんなに目立つことをしたのか。

ワザと俺が目立つような発言をして、自分を連れ出させる作戦。

確かに彼の見目の良さのなら、人が集まって教室に留まることを余儀なくされていただろう。


伊織と同じ空間にいることはフィルにとって天国でもあり地獄でもある。

ましてや転校生となれば質問として話しかけられる可能性もある。


「せめて事前に教えてくれたら何とかしたのに…」

「自分から目立つ俺を連れ出すってか?そんな自分から目立つ事ができる性格なら、伊織はとっくに彼女になってるさ」


コイツは未来の俺だ、流石に性格までよく分かっている。

ぐうの音も出ない正論に、俺は口が引き攣った。


「うるさい…」


小さく反論する声が虚しく空に流れていく。

そんな俺の様子を見て、フィルは少し笑い、大の字を書いて寝そべった。


「ともかく悪かったよ、放課後には学校から去る、だから安心しろよ」


満足そうに、親が子供に言い聞かせるような優しい声でフィルが言った。

次の一瞬、完全な沈黙が二人の間に訪れる。

風の音が、空間を支配していた。


俺は、彼の雰囲気で何となく彼がこの後どうするつもりなのか、悟ってしまった。

フィルはおそらく、最後に伊織を一目見たかっただけなのだ。一度は死ぬ覚悟を決めたその命。


だけど、この世界にきて、何故か留まってしまった。

そこで最後に一度だけ、未練が残さないように伊織を見に来たのだ。

今度こそ本気で死ぬらしい。


その決意が、雰囲気から滲み出て、伝わってくる。


「じゃあ、な」


その一言は、その予想を確信に変える響きがあった。

俺は、こういう時になんて言えばいいのだろうか。僅か十七年の短い人生で得られた少しの経験は、その答えを教えてくれない。


「死んだら、人間は何処に行くんだろうな」


頭が回転して、分からないなりに出したのはそんな些細な問いだった。


「さあな、でも生まれ変わってもまた伊織に会いたいと思うよ」


フィルは上体をムクっと起こして、こちらを見つめてくる。


「俺と同じ轍を踏まないように、頑張ってくれよ」


俺は立ち上がってフィルの顔を見下ろした。

その瞳には翳りが見えた。

話を聞いていて、一つ思いついたことがあった。

それを口にしてみようと思う。


「なあフィル、教えてもらったところ悪いが、それで未来が変わるとは限らないだろ?俺が行動をして別の道を辿っても、たどり着く結末は同じだったらどうする?」


これは、未来を変えようとする上で絶対に考慮しなければいけない点だ。

思いついていないはずがない。


「その時はその時だ。俺の知る由はない」

「それは諦めたってことか?」

「そうだな、諦めとは少し違うな。もう疲れた、それだけだ」


目には疲労が浮かんでいる。

今朝自己紹介した時の元気は見る影もない。

俺は、その未来の自分の姿に、悲しみを覚えた。自分のことながら、同情する気持ちが芽生えてくる。なんとか元気にしたい、そんな思いさえ込み上げてきた。


「なあ、フィル。俺に協力しないか?」

「協力?」

「そうだ、伊織と俺が付き合えるように」


それが、俺のアイデアだ。単純だけど、王道。


「それでカップル誕生ってなれば、未来は絶対良くなる!」


俺は宣言するように、フィルに語りかける。だけど、すぐに了承は得られない。


「それでも成功しなかったら?何も変わらないかもしれないんだぞ」

「その時はその時で、別の案を考える」


フィルが顔を上げた。


「大丈夫、俺より経験があるお前がいれば、絶対になるとかなるよ。もしかしたら、そのためにフィルはこの世界に残ったのかもしれないし」


その時、太陽の光が差し込んできた。

雲の隙間から覗いた一筋の光は、やがて晴れというのに充分な光量をもたらした。


「高校の時の俺は、結構ポジティブだったんだな」


俺が手を差し伸べると、彼はその手を取った。


「その提案、乗ってやるよ」


立ち上がり、空を見上げる。

彼の心がこの空のようにいつか晴れ渡るよう願った。


「とりあえず、グミでも食って元気出せよ」


俺は、ポケットからグミを取り出す。長年食べているお気に入りだ。

当然、フィルも好きだろう。食べれば、気力がわくと思った。

出すと、フィルは以上に感激したような顔をした。


「いいのか?食べても?」

「いいに決まってるだろ。大袈裟な奴」

「大袈裟なものか。このグミ、もうすぐ発売されなくなるんだぞ」

「え?嘘!?」


どうでもいいところで、俺たちは盛り上がってしまった…。


フィルは少し気持ちの整理をつけたいと、屋上に残った。

俺は特に用事もない上に、時計を見たら昼休みが残り十分もないことに気付く。

走って教室に戻り、扉を開いた。


「一志、フィルさんはどうしたんだよ?」

「二人ってどういう関係なの?」

「流石に説明責任ってもんがあるだろ」


すると、教室内の視線が一気にこちらに向く。寄ってきたクラスメイト達は口早に質問を投げかけてきた。男女関係なく、俺を取り囲む。


そうだった。忘れていた。


俺はこうした人垣から逃げるために屋上へ向かったのだった。

今日はもう放り出して変えるのが正解だったか…?いや、なんにせよ学校に通う以上はもう聞かれることは確定していることだ。


それが今か後かの違いしかない。

それに俺は、フィルと協力して伊織と付き合うと決めたのだ。

この程度の山場くらい、一人で乗り越えられるようになるべきだろう。


「実は、俺とフィルは遠い親戚なんだよ」


雑踏の中で、声を張り上げる。

俺の声を聞くために、静寂が訪れた。

フィルは未来の俺だ、同じ遺伝子を持つ者同士。

ある意味、親戚という言葉が説明する上では最も近く、最も理解しやすいだろう。


「フィルが俺の名前を知っていたのは昔から知ってたから。俺が最初それを言わなかったのは、分からなかったからだ。結構見た目が変わっててね。」


昔から知っているのは自分のことだから。

言わなかったのは、説明のしようがないから。


見た目が変わったのは本当のことだ。


少しずつフェイクを混ぜながら、俺たちの関係を周知させる。

すると、みんな納得したのか小さく頷いていた。


「じゃあ、付き合ってるとかじゃないんだよな?」


簡単に概要を話し終わったところで、聞いていた一人が口を開いた。

恐る恐る、といったようにどこか不安そうな様子。


「フィルは男だって自分で言ってたじゃないか」


質問をしてきたのは、クラスの男の一人だった。俺は社と伊織以外、普段はあまり話さないから、彼の趣味嗜好など知る由もないが。それでも、交友関係の広い社と話しているのを何度か目撃したことがある。


「そ、そんなの関係ない、どうなんだよ?」


俺が不思議そうにしていると、別の方向から、別の男が口を開いた。

その声の主は社であった。俺は呆れつつ、返答する。


「いや、いないはずだぞ。完全にフリーだと思う。」


聞くや否や、教室内は見事に大盛り上がり。

俺を囲んでいたメンバー達は自由に喝采を上げるほど歓喜している。

フィルは男だというのに、女子はともかく、男にもこんなに人気があるとは。


外見の良し悪しは相当に重要性が高いということだろうか。

それでも、彼は将来の俺自身の姿だ。アイツがモテるということは、間接的に俺がこいつ等に好意を抱かれているということになるのか…?いや、考えるのはよそう。


そんなの、想像するだけで嫌な気分になる。


俺を好いてくれるのは、将来的にも伊織だけで十分だ。

ガッツポーズまでしてる社を横目に、ドッと疲れるのを感じた。

騒ぎは、昼休みが終わり、次の教科の教師が怒るまで続いた。

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