転校生は未来の自分2
不良二人が気絶しているのを確認すると、少女はようやく、こちらに全身を向けた。
白い袋を椅子代わりに、背中を預けてリラックスしている。
辺りは未だ、白い霧に覆われていて、晴れる気配を感じない。けれど、不安はない。
目の前の少女?が答えを知っていると、妙な確信があった。
それだけでなく、この人といるだけで、家族と一緒にいるような心地よい安心感がある。
今はそれで十分だと、呑気に思った。
改めて、相手を見る。
端正で、男としても女としても綺麗な顔立ち。
桃色の目と唇、同色の髪が僅かな風に揺れてなびいていた。
声が男でなければ、一目ぼれをしていたかもしれなかった。
身の丈は俺と同じ程度だし、骨格も似ているように思う。
けれどもその白い肌の質感や、スタイルでは圧倒的に負けている。
腕や足の見える部分だけでも、相当均整の取れた綺麗な筋肉が付いていて、ほどよく引き締まっているのが分かる。
表情からは、努力からくる自信を感じた。
だから、ミニスカサンタといえるコスプレ衣装で身を固めていても、違和感がない上、逆に凛々しさを感じられるほど似合っていた。
「助けて、くれたんですか?ありがとう…ございます」
ともかく、とりあえず礼を言おうと思った。
安心感を覚えるといっても、俺たちは初対面。知識の範囲内で使える敬語を選ぶ。
ぎこちなく、お辞儀する俺を見てか、彼女はまた笑った。
「おいおい、自分に対して敬語なんて、気持ち悪いだろう」
男の声で答えた。
ん?
彼女は何を言っているんだろうか。自分に対して敬語?意味が分からない。
俺の混乱が透けて見えたのか、彼女は言葉を続ける。
「ああ、そうか。お前は何も知らないんだったな。そうだな…、最初から説明すると、今お前は妄想を現実にする力を手に入れたんだよ」
「妄想を、現実にする力…?」
唐突な宣言をされ、オウム返しするのが精一杯だった。
妄想を現実にする力。そんなものあるはずがない。
確かに俺は、妄想が好きだし、現実なれば、と考えたのも一度や二度じゃない。
伊織と恋仲になれたら、頭をよぎらない日はないほどだ。
「ありえない、そう思っただろうが、これは現実だ。現に、お前が多分伊織から不良を守れたらカッコいいな、なんてことを考えたんじゃないか?この状況は妄想と似たような感じだっただろう?」
確かにそうだ。
俺はバイトの帰り道、コンビニに寄るために裏路地に入った。
そこで、こういう裏路地で不良に絡まれている伊織を助けられたら好かれるかもしれない、なんて思考したのは記憶に新しい。
不良の格好も、確かに俺が妄想した姿そのままだった。
「確かにその通り、です。でもなぜ伊織のこととか、そんなに知ってるんですか?」
それは、当然の疑問。初対面であるこの人が、伊織のことを知っている訳がないのだ。
しかし彼女は、その質問を待っていたかのように笑う。
笑顔で両手を広げた。
「それは、俺がお前、一志の未来の姿だからだ」
「な、何を言って…?」
目の前にいるのが、未来の自分。そんなの信じられるわけがない。
俺の思考を呼んだように、言葉は続けられる。
「信じられないのも分かるが、これは事実だ」
未来の俺を名乗眼前の狂人は、つまらなさそうに事実を淡々と語っていく。
「きっと、お前は成長した自分ならこの状況を打破出来るとか、そんなことを考えたんじゃないか?おそ
らく、その結果、俺が呼び出された」
全く、その通りだ。当たりすぎて怖いくらいだ。
「でも、見た目とか全然違うし…」
「それでも声はほとんど同じだろう、年を取った分多少変化はあるが」
俺は、その言葉が受け入れられなかった。
それはそうだろう。いきなり、変な力が手に入り、未来の自分が現れる。
シンプルだが、単純に飲み込めるわけがない。
だが、その声に聞き覚えがあると、最初に感じたのも事実だった。
「ならプロフィールを言ってやろう。名前は一志。16歳、~高校に通っている、バイト漬けの毎日。幼馴染の伊織に好意を寄せているが、自分の能力不足から告白を躊躇している。お気に入りの妄想はテロリストから伊織を守るもの。性癖は~」
「やめてくれ!」
咄嗟に声が出た。
俺はサンタの格好をして、自分を名乗る狂人に近づく。
肩を掴んで、無意識に凄む。自分の内心を暴かれるのは、あまりにも恥ずかしい。
「まあ、そう怒るなよ」
そうしても、桃色の瞳に一切の揺らぎは見られない。
毅然とした態度を崩さない。
「あ、ご、ごめん…なさ」
はっと我に返って、手から力を抜く。
「だが、俺はお前だし、お前が妄想を現実にする力を手に入れたのは確かだ」
「…でも…」
これ以上は反論の仕様がないと思った。
離れて、いったん落ち着こうと努める。大きく息を吸って、ゆっくり吐く、深呼吸。
学校の教育で一番頭に残っているオーソドックスな方法。
「だが、信じられないのも無理はない。これを見れば納得するか…」
未来の俺は、そう呟くと、自分の首に手を当てる。
俺は、今から彼が何をするのか、一切分からなかった。
事態を飲み込もうとするのに必死で他のことに頭が回らなかったからだ。
彼は、ヘルメットを外すように、自分の〝頭〟を外す。
驚いたが、よく見れば、それは顔全体を覆う変装道具のマスクのようなもので、外した下から、もう一つ、彼の本当の顔が現れた。
現れたのは、あまりにも見慣れた顔。
毎朝、鏡で見る、顔。
そう、自分の複製品を目の当たりにした感覚。
驚愕のあまり、俺は腰が抜けた。尻餅をついて、呆然自失してしまう。
確かに、少し老けたような印象を受けるが、未来の自分と言われれば納得してしまう説得力を持っていた。
「これで、分かっただろう?」
俺は、ようやく現実を受け止めた。
妄想を現実にする力を手に入れ、未来の自分が現れた。
その現実を。
□
「じゃあ、後は頑張れよ」
少しして、未来の俺はそう口にした。
彼は、荷物を背負うと、翻って歩き出そうとする。
「待ってくれよ。まだ分からないことがたくさんあるんだ」
そう、聞きたいことは山ほどある。
手に入れた力はどうやって使うのか、どれくらい効力を持っているのか。
そもそも伊織とは将来的に付き合えるようになるのか。
未来はどんな風になっているのか。
そして、これからどうすればいいのか。せめて何かアドバイスが欲しいと思った。
「だけどな、俺はもう多分消えちまうぜ」
「どういうこと?」
「そうだな。時間の限り説明しよう。まず、妄想力ってのは体力を消費して、妄想を現実にする力のことだ。まあ、体力を使って打つ魔法みたいなもんだ」
「俺、凄い疲労感を感じて…それってもしかして…」
「そう、それが力を発言した証拠だ」
「そして妄想力には大きく分けて、二種類の力がある。一つは、想像した物体を創造する力だ」
彼は、右手を突き出して、手のひらを上に向けた。
目を瞑って、一秒。
手のひらの上の空間に薄緑のオーラが溢れ出す。
オーラは、グニャグニャと形を変えて、一つの形に収まっていく。
次の瞬間、オーラは剣に置き換わった。
剣は、シンプルなレイピアの形状をしていた。
男は、その柄を握って、右に左に数回振り回す。
振られる度に、銀色に軌跡が輝く。
だが、十秒ほど経つと、それは空気に霧散するように溶けていく。
まるで最初からなかったかのように消えてしまった。
「望んだものは大抵出せるが、いくつか制限もある。こうやってすぐに消えるとかな」
彼は、今度は周囲に目をやった。
辺りには相変わらず、霧の壁が立ち込めていた。
しかし、先ほどより色がかなり薄くなっている。
ほとんど消え去っているといっていいだろう。
「もう一つは、状況を操る能力だ。自分がこうしたいと思う状況を作り出すことが出来る」
「それって凄いじゃないか。なんでも出来る」
「いや、そうでもない。例えばこの力で作り出した状況は長くは持たない。もう消えかけているのがいい証拠だ。」
なるほど、靄が薄くなっているのは効果が切れかけているからなのか。
そして、言われて、気付く。
最初に不良に襲われてから、まだ五分も経っていなかったことを。
それだけ、時間の濃度が濃かったということだ。
無理もない、誰だって混乱するような出来事だったのだ。
「こっちの方は他人を巻き込むことが可能だ。今回で言うと、あの不良二人だな」
俺は、端っこで伸びている不良を見た。
俺の妄想に巻き込んでしまったというなら、とばっちりだ。
申し訳ない、心の中で謝っておこう。
「でもシチュエーションを実現したっていうのに、伊織は現れなかったじゃないか」
「それは、力が弱いからだ。完全には再現できなかったってことだ」
「なるほど…」
納得していると、男は説明を続けてくる。
「この力の欠点は、他人に記憶が残らないことと、この小さな空間内で起こせることしか実現性がないことだ」
「なら、あの二人も?」
「そうだ、起きれば記憶が消えるだろう」
少し安心した。いくら自分のせいと言っても、あの格好をした人間に話しかけるのは怖かったから。説明しろと詰められたら、ビビッて気絶しそうだ。
「もちろん、伊織の前で格好をつけても、伊織の記憶にも残らないってことだ」
言われて、ハッとした。
そう考えると、この力はだいぶ欠陥品なのかもしれない。
「まあ、極めれば面白いことも出来るんだがな」
「面白いことってなんだよ」
「色々だ。今話した力の詳細は、ほんの一部に過ぎない。今説明したのも、初心者のお前が出来る範囲でしかない」
「なら、もっと教えてくれよ」
「そうしてやりたいのは山々だが、時間切れだ」
時間。
つまり、五分経過すれば、未来の俺もこの空間と共に消えてしまうということだろうか。
そこで、一つ疑問が浮かぶ。
「お前が出てきたのは俺が呼び出したからってことか?」
「俺はそう考えているが、正直、本当のところは分からない。今のお前に、未来の自分を呼び出せるだけの実力はないはずだからだ。断言はできない。だが、その実力で呼び出されたなら、持って五分が限界だ。だから、もうすぐ消えると踏んでいる」
「そ、そうか」
消えてしまうのは寂しいことだ。
だが、彼のおかげで多くの謎が解けた。
そういえば、俺は二度、疲労感を感じている。
つまり、妄想力は二度発動されたということだ。
一回目は、状況を実現するために。二回目は、彼を呼び出すために。
こちらは、彼の発現を鵜呑みするなら、単なる憶測になってしまうが。
合っているとしたら、それで、未来の俺を呼び出したということか。
「今度こそお別れのようだな」
彼は、マスクを被りなおした。
美しい姿が蘇る。
思えば、体はマスクだけではごまかせない。きっと相当な努力を重ねたのだろう。何歳かは聞かなかったが、努力したことは素晴らしいことだ。
考えているうちに、ふわりと風が一陣。
完全に、霧が晴れたのが分かる。これで俺の短い妄想は終わったのだ。
しかし、
「あ、れ…?」
彼は、まだそこにいた。
何が起こったのか分からないといった顔をしていた。
空気が凍り付くのを感じる。
俺たちは二人して、しばらく呆然自失していた。
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