第11話

「画家は目指してない。けど……」




 キッパリと否定した後に続く言葉は尻すぼみに消えていく。漠然と将来については悩んでいるのかもしれない。



 なんと声をかければいいか考えを巡らせていると、ニコロが溜息を吐く。




「なぁ、画家になるって親に話した時どうだった? 反対とかされた?」



「反対……少し違う気がするけど、駄目の一言だったよ」



「違わないよ! めちゃくちゃ反対されてるじゃん」




 額をおさえ大袈裟に呆れたように見せるニコロを苦笑いで見る。



 少し違う気がするのは反対する両親との話し合いがなかったからだ。



――あれは拒絶と言ったほうがしっくりくる



 項垂れているニコロに将来のなにに悩んでいるのか率直に聞いてみた。




「それじゃ、ニコロは何を目指そうとしているの?」



「俺は……料理人」



「料理人? パン職人ってこと?」




 思ったままに聞き返してしまったが、それなら何も思い悩まずアンナのパン屋を継げばいい話だ。



 実際、小さな街で商売をしている家の子供は大体がそまま家を継ぐというのは珍しくない。




「やっぱりそう思うよな……」



「違うの? レストランとか……家を出たいってことかな?」



「うん。結果的にはそうなるのかな」




 夢を話しているのに、ニコロは悪いことでもしたように情けない顔でつぶやくように話す。




「まだアンナには話してないんだね」



「まあね。それより、俺の質問にまだ答えてないよ。画家になるの大変だった?」




 これ以上は深く聞かないほうがいいみたいだと、肩を竦めて昔を振り返る。



 あまり参考になるとも思えないが、隠さず真剣に話す。




「僕の場合は、画家と呼ばれるようになってから大変だった気がするよ」



「なんだ、才能のある奴はずいぶん贅沢なことを言うんだな。そんなの当たり前じゃないか」




 皮肉と軽蔑すらしてそうなニコロの視線を笑って受け止める。



 たぶんニコロの贅沢は仕事の忙しさを言っているのだろうが、これは気持ちの話だ。



――でも、贅沢なのは変わらないか



 夢を追うことが自然なことで、どんなに恵まれているかなんて、一つの疑念も持たずに現実から切り離されたような生活をしていたのだから。




「僕に才能があるかは分からないし気付いたら画家になっていたと言うのが本当のところだよ。ただ、夢が叶ったのは祖父の助けがあって、絵だけを描き続けるという贅沢な時間が人よりも多かったからだと思うんだ」



「助けか……」




 ニコロはまたがくりと頭を下げてしまう。落胆からも夢を追いかけようと真剣に考えているのは分かる。



――だからこそ簡単な気休めは言えない



 言えるのは今の自分があるのは、才能や努力よりもサポートされていたことが何よりも大きいということ。

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