第10話
戸惑いの表情を見せながらも、差し出されたスケッチブックを丁寧に受け取る。
膝の上にスケッチブックを置いてページを捲りだす。
「へぇ……やっぱり上手いな。これ、ここの景色?」
風景と照らし合わせるようにスケッチブックを持ち上げて何度も目を行き来させた後、首を傾げた。
はっきり言って失敗作なのは分かっている。そのスケッチにニコロはどんな感想を言うのか言葉を待つ。
ニコロは唸った後にスケッチブックを返しながら口を開く。
「芸術とかよく分かんないけど、これは変……なんかうるさい感じがする」
褒められていないが、素直なニコロの感想が嬉しくて声をあげて笑ってしまった。
ニコロはその笑いを自分の感想が馬鹿にされたものと勘違したのか、不愉快そうな顔をして睨んでいる。
その様子に慌てて笑いを止めて、笑った理由をニコロに告げる。
「急に笑ったりしてごめん。ニコロの素直な感想がすごく嬉しくてさ。ありがとう」
目尻に薄っすらと溜まった涙を拭いながら、もう一度お礼を言うと困ったような表情に変わる。
嬉しさにまた笑いそうになる気持ちを抑えるように深呼吸してニコロを見て頷く。
「見たまま言っただけだよ」
「うん。しばらく絵を描くのを休んでいたら自信なかったんだ」
力なく笑い正直に話すが、ニコロはますます意味が分からいと言った様子で眉間にシワが増えた。
「褒めてないんだけど」
「ハハッ、それは分かってるよ。ただ自分が描いたものから相手に気持ちが伝わったのが嬉しかったんだよ」
喫茶店のマスターを任された時もお客さんから美味しかったと声をかけてもらうことはあった。
もちろん嬉しかったけれど、自分が本当に好きなことをしてもらう言葉は響きが違う。
ニコロはまだ分からないといったような顔で首を傾げている。
「画家だったなら腐るほど感想なんかもらってるだろう?」
「そうだね……」
本当に腐る言葉も嬉しい言葉も沢山もらっていた。それが当たり前になって喜びも真意も分からなくなっていた。
――離れて戻ってはじめて気付く
絵を描くのが好きになったのも忙しい両親が笑顔を見せて褒めてくれたのが嬉しかったからだった気がする。
本当になんで大切なことまで塗りつぶしてしまったんだろう。
「ねえ、画家になるの大変だった?」
思い出にふけっているとニコロが不意に聞いてきたので、少し驚いた。
ニコロはなんだか悩んでいるようで、こっちの反応には気づいていない。
「もしかしてニコロは画家を目指してるの?」
質問に質問で返すとニコロは眉間に皺を寄せて「俺が聞いてるのに」と呟きながらも、ちゃんと答えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます