3話『Eランク試験』
冒険者ギルド二階·····
賑わいある一階の様子が見下ろせる吹き抜けの構造になっており、酒や食べ物の持ち込みが禁止となっている。
蔵書の入った幾つかの棚が並び、無数の椅子が用意されている談話室である。
暖炉の上の壁にかけられた巨大なタスペトリーには、光の剣を構えて、大きな赤いドラゴンへと立ち向かう白髪の若者が描かれている。
第十四代勇者、ラーファ。
苗字はない。ただのラーファだ。
郊外の農村に産まれた、浅黒い肌をした白髪の青年である。
勇者の剣に選ばれた彼は、仲間と共に様々な偉業を成し遂げ、邪龍との戦いを·····───、
「·····以上が、Eランク試験の概要だ。」
───二十年前の戦いに思いを馳せている内に、ギルドマスターによる試験内容の説明が終わっていた。やべぇ。
「では、中庭に移動して試験を開始する」
試験内容聴き逃した·····。
まぁ、大まかな内容は知っているから問題は無いだろう。
───Eランク試験だ。
そう、もう一回言おう、Eランク試験だ。
俺は今、やや日当たりの悪いギルドの建物の影で体育座りをしながら、他のFランク冒険者達が試験を受ける様子を眺めている。
試験内容は単純明快。
ギルドマスターを相手に三分間戦い続ける事だ。
「よし、次、ハバキ・ゼラ」
俺の名前が呼ばれた。
緊張する手で木剣を握り、いつもは訓練場として使われているであろう中庭の地に立つ。
周りには、試験を終えて息絶えだえなFランク冒険者や、冷やかしに来た他の冒険者が小声で話しながら見ている。
ふぅ、と息を吐いて、重心を落とす。
そして相対する相手を見つめた。
ギルドマスターは、元Aランク冒険者である獣人の男だ。身体能力の高い猫系の獣人で、剣士を生業としていたらしい。
引退の理由は·····見れば分かるだろうが、右脚が根元から消失して、木製の義足になっている。
ギルドマスターは木剣を握り直し、宣告した。
「それでは、試験を開始する。」
言葉に従って、相手を見定めながら木剣を構える。
俺が習った剣術は〝新剣聖流〟だ。
正面からの打ち合いを得意とし、対人、対魔物にも長けている流派だ。
まだ初級レベルだが、役には立つだろう。
現在、王国で広まっている流派は大きく三つ。
バランスのいい〝新剣聖流〟。
剣術に魔術を織り交ぜ、魔物の殲滅と広範囲の攻撃を得意とする〝魔道神剣流〟。
そして·····三つ目は、
「───ッ」
ギルドマスターが剣を構えた。
義足の右脚を後ろ足に置き、全身の力を抜いた下段構えだ。
対人に特化した、〝古流・帝国式剣術〟·····。
アルマ王国との戦争に負ける前は、鍛え上げられた大量の剣士で一大勢力を築いていた、故・アンガル帝国の剣術だ。
質の高い剣士兵を主とする軍は強敵だったが、帝国を裏切った将校の一人が、この流派を王国に広めたために強みを奪われ、最終的には戦況を押し切られて敗北した。
今でも、王国の西に位置する都市に、アンガルという名前が残っている。
帝国式は油断を突く───。
元々は戦争の為に作られた流派なので、一人の兵士がより多くの敵を殺すための技術が詰まっている。
すなわち、より楽に、より短時間で相手を仕留める術だ。
常に自然体で、相手の剣のリズムの隙間を突いて斬撃を出してくる。
ギルドマスターは動かない、対する俺は、動けない。
·····まぁ当然といえば当然。
こちらが何しても適切なカウンターを決められるのは分かり切っているので、自分から仕掛けることはできない。
だが、試験だ。
もう一回言おう、Eランク試験だ。
睨み合っていても仕方ない。
ジリジリと靴を地面で擦りながら、前足で距離を詰める。ギルドマスターは無反応だ。
だが、その猫らしい瞳孔が常に俺の全身を捉えている。
·····ふさふさの猫耳なのに、とんでもない威圧感だ。
まぁ、試験で大怪我することも無いだろう。
俺の前に受けた人達も、体を崩されて投げられてから、木剣を突き付けられての敗北が多かった。
意を決して·····
───踏み込む!!
グンと世界が縮まって、周囲の景色が見えなくなる。下段に構えたギルドマスターだけを見て、その頭に木剣を振り下ろ────
「そこまで!」
訓練場の横に立った、別の試験官が手を振り上げた。
どうひっくり返されたのか、気がついた時には地面に受身を取っていた。
見上げる俺の顔に、ギルドマスターが木剣を突きつけている。
「構えも受身も、初級以上の実力はありそうだな」
「結構なお手前で·····」
「·····精神面は不安だな」
受けた衝撃をそのまま口走ったら、異常者を見る目で見られた。心外だ、少し病んではいるが、俺は常識人だ。
「結果は後ほど掲示板に張り出す。」
·····こうして、俺のEランク試験は終了した。
掲示板の中に名前を見つけ、無事に合格していたことを確認してから、いつもよりちょっと豪華な夕飯を食べた。
美味い串焼き肉を頬張りながら、Eランクの実感を噛み締めた。
噛む度に肉汁が溢れる·····これがEランクの実感·····。
◇
───朝は嫌いだ。
気分が下がる。
Eランク試験を受けた翌日、俺は宿の部屋で荷物をまとめていた。
窓から差し込む朝の光に憎々しげな視線をくれて、皮袋を背負う。
結局、二週間も滞在してしまった。
ブランキアの街並みを流しながら、次の街へ思いを馳せる。
王都に着くには、まだ幾つか都市を通らなければならない。長い旅になるだろう。
バンダナを巻き直し、街の門兵に見送られながら、俺はブランキアを出た。
冒険者ハバキの詩 イソラズ @Sanddiver
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