第十七話 ローウェンハイド
その場は解散になったものの、校内の興奮は冷めることはなく。
明日に決まった決闘を前に、早くも賭け事などが
「ちょっと、ディクス! どうするのよ、あんなこと言って!」
クラウに詰め寄られ、そのあまりの勢いに両手を上げて顔を背けるしかないディクス。
その場の勢いだったとは言え、確かに言い方がまずかった感は否めない。
それでも、あの瞬間に覚えた怒りは本物なのだから、撤回するというのも違う。
「仕方ないだろ? あの時はああするしかなかったんだ」
「それにしたって、あんな、アッシュを煽るような言い方して! あいつは生粋の貴族気質だから、プライドを傷つけられるようなことを言われたら、絶対に引き下がらないわよ?」
むしろクラウの方が慌てている状況で、唯一第三者視点で指摘をくれたのは、他でもないトールだった。
「まぁ、言っちまったもんは仕方ないさ。時間が巻き戻せる訳でもない。ここは、どうやってアッシュに殺されないように立ち回るかだと、俺は思うけどな」
勝つ方法ではなく、殺されない方法と言い切る辺りが、
いくらこちらに、複数の聖剣を練成するという能力があっても、圧倒的性能を誇るアッシュの聖剣の前で、どれだけ戦力足りえるかと言えば、はっきり言って自信がない。
アッシュはクラスこそ違うものの、その実力はクラス合同実技実習の時に、まざまざと見せ付けられていた。
彼の練成する水の聖剣――ウェインローアは、水気のない場所でも濁流を生み出せるほどの能力を有している。
しかも、その水も、ただ生み出すだけでなく、細やかな技に応用してくるだけの操作性も併せ持っているので、遠距離、近距離ともに隙がないことで有名だ。
抜群の才覚に恵まれたクラウでさえ、同級生の中で唯一勝てない相手。それがアッシュなのである。
「アッシュの強さに関する噂は挙げ始めたらキリがない訳だが、それで全力かどうかすら定かじゃないんだ。無策で挑んで生き残れる相手じゃないぜ?」
そんなことは先刻承知。
だからこそ対策を立てなければならない訳だが、大量の水と、それを完璧に操る聖剣の持ち主相手に、いったい何が出来るのだろう。
順当に考えれば、水属性に強い土属性で挑むのがセオリー。しかし、生憎とこちらは属性を上手く操ることが出来ない。
もちろん、やろうと思えば土属性の聖剣を練成することは可能だろう。だが、それが出来たところで、練成されるのはフェーズ
いつフェーズ
「炎の時みたいに数で押し切るのは? 今のあんたなら出来るんじゃない?」
「う~ん。炎なら気流を乱せば消えるけど、水はそうは行かないだろ? 剣の間をすり抜けた水だって、アッシュの操作可能範囲内だろうし……」
考えれば考えるほど、勝機が遠退いて行く感じがした。
さすが、学年最強は伊達じゃない。
「……そもそも、どうしてアッシュの結婚相手がクラウなんだ?」
考え疲れたディクスは、かねてよりの疑問を口にする。
「どうしてって、そりゃオーディスティルンは優秀な
「いや。オーディスティルンは代々炎の聖剣を練成して来た一族だろ? 他にも代々水の聖剣を練成してきた上流貴族はいくらでもいるのに、何でわざわざオーディスティルンを選んだ?」
聖剣の属性は、基本的に炎、水、土、風の四つだけ。
それぞれの属性は、円環状に並べて表記されるのが一般的で、それぞれの属性に対する強弱を表している。
水は炎に強く、土は水に強く、風は土に強く、炎は風に強い。これを属性の循環という。
おとぎ話レベルの話であれば、ここに光と闇の属性が加わった全六種の属性で世界が成り立っているとのことだが、歴史上、光と闇に関する属性を発露した者は確認されていない。
「まぁ、言われて見れば、確かにそうかもしれないが……。でも同じ一族間でばかり血を交配させると、血統が劣化するって、授業でも言ってたぜ? やっぱり外からの優秀な血が欲しいんじゃないか?」
トールの言わんとしていることはわかる。
しかし、どうにもそれだけの理由で、ローウェンハイド家がオーディスティルン家の血を求めるとは思えないのだ。
先ほどの属性の循環に照らし合わせれば、ローウェンハイドは、わざわざ自分から見て下位の属性である炎の聖剣の一族を選んだ訳である。
花嫁の謀反を警戒したのか、それとも他に理由があるのか。
さすがに情報が乏し過ぎて、この場では答えが出せそうにない。
「……確かに、ディクスの言うことももっともね。ローウェンハイド家もそうだけど、何よりあのアッシュが、婚約者に立場が下の人間を選ぶとは思えない」
貴族同士の繋がり故か、アッシュの性格にも詳しいらしいクラウも、その視点はなかったと頭を悩ませ始めた様子。
自分自身の婚約話であったがために、混乱して盲目になっていただけで、クラウは本来頭のいい人間だ。そこに気付かない訳がない。
「……何か裏がある、ってことか?」
頭を使うのがあまり得意ではないトールは、そうまとめるのが精一杯だったようだ。
ともあれ、トールの言ったそれが、現状において重要な謎であることは間違いないだろう。
ともすれば、今回の騒動を一気に解決するだけの要素も含んでいるかもしれない。
「となれば、変に特訓して体力を消耗するよりは、問題の根幹を突き止めるのがいいな」
「そうね。時間はないけど、ローウェンハイド家が何を企んでいるかわかれば、この婚約自体なかったことに出来るかも知れないし」
元々が婚約話をきっかけとした騒動だ。そこさえ解決出来てしまえば、今後同じような状況になることもないはず。
となれば、早速情報収集に取りかかろう。
ディクスが頭を切り替えて、一歩を踏み出そうとしたタイミングで、トールがボソッと一言。
「……まぁ、ディクスがアッシュをキレさせたのは、変わらない事実だけどな」
あまりにも的確なつっ込み。
一歩を踏み出しかけていたディクスは、そのままヨロヨロと地面に伏せる。
「今、それを言うかよ……」
「せっかくやる気が出てきたところだったのに……」
出鼻をくじかれたので、クラウの方も幾分しらけた感じになってしまった。
肝心のトールは、そんなことは気にもせず、持ち前の前向きさで、こんなことを言い出す。
「でもよ、ローウェンハイド家の企みを看破して、その上でアッシュの奴をボコボコにすれば全部解決ってことだろ? 簡単じゃないか!」
『言うは易く、
この機会に教えておくのもいいかも知れないが、今優先すべきはローウェンハイド家の企みを暴くこと。
そこで核心を突ければ、或いはアッシュも動揺して、聖剣のコントロールが鈍ることもあるかもしれない。
自分が生き残れるかどうかは、いかにアッシュに本気を出させないかにかかっているので、そこにこそ注力すべきだ。
「トールらしいオチを付けてくれてありがとう。もう余計なことは言わなくていいから、とにかく情報収集に移ろう」
「そうだな! そんなところで寝転がってる場合じゃないぞ、ディクス! 早く立て!」
「全部お前のせいだけどな……」
額に手を当てつつ立ち上がり、クラウの方をそっと流し見る。
表情を見るに、いつものクラウだ。どうやら冷静さは取り戻せたらしい。
これなら付きっ切りで様子を窺う必要もないだろう。
そういう訳で、三人で協力して、情報収集に当った。
ちなみに、なかなか興味深い情報が拾えたのは、それから数時間後のことである。
千剣の聖剣錬成士《ソードブリード》~まともに聖剣を錬成出来ない少年、無限に聖剣を生み出す能力で底辺から成り上がる!~ C-take @C-take
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