第7話 恋する貴方に花束を
その後、二人はベイサイドパーク『リュミエール』にやって来た。
リュミエールは、入口に入る手前からイルミネーションが設置され、その光のトンネルを抜けると施設内へと入ることが出来た。
キラキラ輝く光の道に、あかりは『綺麗』だと感動していた。
施設内のアクアリウムを楽しみ、再びベイエリアへと戻る。
すると先程の光の道とは違う、水面に映る夜景が眼前に広がる。
あかりの手には、ベイエリアに入る前に渡された『花束』が抱えられていた。
幾重にも重なった丸い花弁の花を中心に、春らしい、白とピンクの花束だった。
夜景を楽しむ為に、二人は立ち止まった。
そんな時、あかりは聡一の二の腕の、コートの生地をそっと掴んだ。
「…あかりさん?」
優しい聡一の声が、あかりの耳に届く。
「…今日は…、本当にありがとうございました」
「いや、俺も凄く楽しかったよ。…君が…楽しめるようになって…良かった…」
微笑む聡一は、相変わらず優しい。
「…聡一さん…」
何かを話そうとするあかりの様子に、聡一は黙り、あかりの言葉を待った。
「私、聡一さんの自宅を出ようと思います。」
そんなあかりの言葉に、聡一は驚きを隠せない。
しかしあかりの表情は至って真面目だ。
「…『嘘』だ…」
聡一は呟く。そしてあかりを抱き寄せた。
その勢いで、あかりの手にした花束が下に落ちた。
いきなりの事で驚くあかりに、聡一は言う。
「…『四月一日』は『嘘』になる日だと、君が言った…」
抱き寄せられたあかりは、聡一の背に手を回し、その手で背中の服を掴んだ。
「だから…、クソッ…、何で…」
珍しく口調が荒々しくなった聡一は、あかりを抱き締めたまま、腕時計を確認する。
時刻は23時57分。
「『四月一日』は何を言っても『嘘』に聞こえるじゃないかっ!!」
あかりを抱き締める腕に力が入る。
「…俺を…『嫌い』だと言って…。そして…『出ていく』と…」
聡一が続けて言った言葉。
それは『四月一日』に言うと逆になる言葉。
「…え?」
あかりは聡一が自分を抱きしめた事に驚き、そして更に聡一の言葉に言葉を無くす。
「…何で…何も言わない?」
焦りを滲ませる聡一の態度に、あかりは戸惑う。
「…だって…それじゃあ…」
その言葉を口にしたら、最初にあかりが言った言葉の意味が違ってくる。
聡一の事が『好き』で、聡一のいる自宅から『出ていかない』。
「…あぁ、こんなに時間が過ぎないと感じる日が来るとは…。…あと…一分…」
抱き締める聡一の唇が、あかりのこめかみに寄せられる。
「…日付が変わるまで…」
あかりは、聡一の態度に胸が高鳴る。
期待するなと言う方がおかしい。
そうして迎えた。
四月二日。
「…日付…変わった…。」
耳元で、聡一の安堵したような声が聞こえた。
「…日付を超えたら…、君に…伝えようと思っていたことがあった。」
聡一は腕の力を抜き、あかりと向き合った。
そして聡一の手はあかりを離し、背広のポケットから小さなリングケースを取り出した。
「…やっと…言える。」
リングケースが開かれ、中に収まった指輪が見えた。
「…あかり、君を…愛してる」
あかりは、突然のプロポーズに顔を赤くし、聡一を見上げた。
初めて、自分の名を呼び捨てにされた事、そしてプロポーズに胸が高鳴った。
「…もう…伝えても大丈夫だと思った」
「…え…、でも…」
あかりは戸惑いながら、言葉を続ける。
「私たち…『恋人』ですら無かった…」
「あぁ。…君を追い詰めたくなかったから…。でも『恋人』では無かったが、二人で2年間…一緒に過ごしてきた。」
そうだ。
『恋人』と明言してはいなかったが、2人は生活を共にし、お互いを知るには十分の期間を経た。
「…もう…、十分待ったし、むしろ君に『誠意』を示すなら『プロポーズ』をした方が良いと思った。…君が乗り越えなければいけないものは…、あと一つだけだ。」
聡一はあかりを見つめる。
「…『結婚』…」
それは寸前で成し得なかった『幸せ』。
「俺が君を幸せにしたい」
聡一はそう言うと、リングケースの蓋を閉じた。
そしてそっとあかりの手のひらに乗せた。
「…返事は…慌てなくて良い。君が…『大丈夫』だと思った時に…。」
そうして再び、聡一はあかりを抱き寄せた。
「…君が…一緒に居てくれるのであれば、俺は待てるよ」
優しく抱き締められる。
いつでも聡一は、あかりが傷付かないようにしてくれる。
『家族』や『元婚約者』に蔑ろにされたが、それ以上に聡一に大事にされていると知った。
そしてそれは、愛されているからだと知った。
「…好きです…、聡一さん…。待つなんて言わないで…、指輪を嵌めて下さい」
あかりの言葉に、聡一は応える。
あかりの細い指に、厳かに指輪が嵌められる。
「…良かった…。出ていくなんて言うから…」
今更になって、聡一は少し情けない表情を見せる。
「…ごめんなさい。ちゃんと自立して…そして胸を張って、聡一さんに『好き』だと伝えたかったんです…」
聡一は、指輪を嵌めたあかりの手を握り、そして指輪に口付けた。
「…これからも…、ドラマの様な展開は無い。二人で…、穏やかに過ごしていく。」
その言葉は暗に、これからの『四月一日』は『嘘』は無いと示していた。
「…はい」
「…違うのは…、そうだな…」
少し考え、聡一は言葉を続ける。
「…あかり…、俺が君を愛おしいと態度で示し、その手段として君に触れるくらいか…」
そう言うと、聡一の大きな掌があかりの頬を撫でた。
そして聡一の顔があかりに近付く。
「…キスを…」
「…して下さい」
聡一の言葉を遮るように、あかりは言った。
その言葉に、聡一ははにかむ様に微笑んだ。
静かに二人の唇が重なった。
これからも、二人で穏やかに、共に過ごしていく。
そんな誓いのキスだった。
恋する貴方に花束を ヨル @kokoharuha
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