白崎:決壊と避難
「雨、すごい勢いだね。瀬文さん、大丈夫かな……」と白崎は呟いた。清美も不安そうに窓の外を見つめている。
その時、突然玄関を激しく叩く音が響いた。白崎が急いでドアを開けると、息を切らした青年団員の
「おい、大変だ! もうすぐ川が決壊する! 早く避難しねぇと、村全体が沈んじまうぞ!」木内は焦燥に駆られたような声で叫んだ。
「村が……沈む」白崎の声には驚きと恐怖が入り混じっていた。確かに谷底にあるこの村では、大雨で川が決壊すれば一気に水に飲まれてしまう。背筋が冷たくなった。
「早く逃げろ!」木内は急かしながらも、どこか様子がおかしかった。白崎はふと木内の肩に掛けられた猟銃に目を留め、違和感を覚えた。
「……猟銃? なんでそんなものを?」白崎は不審な表情で指を差し尋ねた。
木内は顔をしかめ、短く言った。「掟を守るためだ。とにかく、今すぐ逃げろ!村をでていけ!」
そう言うと、木内は踵を返し、立ち去ろうとした。白崎はその背中を見つめながら、胸に不安が募る。単なる避難ではない、別の目的が彼にはあるように思えた。
「木内さん、瀬文さんやあのカップルは禁足地にいるんです! この雨じゃ……」白崎は木内の後ろ姿に声をかけた。その声を聞いた木内は驚いた顔をした後、数秒何か思考したような顔をした。
「……あいつらはもう諦めろ。なんで、こんな時に禁足地なんかに行くんだ!」木内は苛立ちを隠し切れない様子だった。
木内は振り返り、低い声で言い残した。「いいか、禁足地には絶対に行くな。お前らは、すぐに逃げろ」
「待って、木内さん!」白崎が引き止めようとしたその瞬間、清美が彼女の腕を掴んだ。「白崎さん、一緒に逃げよう。ここにいて危険だよ!」
白崎は一瞬迷ったが、すぐに決意を固め、清美の目を見つめた。「清美くん、他の人たちと一緒に避難して。私は、禁足地に向かう」
「なんで……?」清美は驚いた顔で白崎を見つめる。
「瀬文さんを置いていけないよ。OJT中に先輩が死んだら、私、会社で変な噂が立っちゃうよ」白崎は軽く笑って、清美を安心させるように冗談めかして言った。
「それに、木内さんの様子がどうもおかしい。たぶん、彼も禁足地に向かうつもりよ。私に何ができるかはわからないけれど、何が起こるのか見届けなければならない気がするの」白崎は木内の異様な興奮ぶりを思い出し、その背中に不安を感じていた。
「なんの根拠があってそんな事するの!」清美は必死に白崎を説得しようとする。
白崎は顎に指を当ててポンポンとしながらしばらく考えたあと「勘だね〜」といって笑った。
清美は自分の命が危機に晒されているのに勘なんかに行く末を預けていいのかと唖然とした。白崎は言葉にならない表情をした清美に優しく声をかける。
「私はね。勘だけは自信があるの。例えば、シャターチャンスが来るって感じた瞬間に撮るとね、大体いい写真が取れるんだ。それで今も、私がいないといけないって感じてる。私、後悔したくないの」
「一緒に逃げた方が安全だよ! こんな天気の中、行ってもだれも助からないよ」清美は必死に説得しようとしたが、白崎の決意は固かった。
「禁足地は小高いところにあるから、きっとここより安全。だから、あなたは安心して他の村人たちと一緒に安全な場所へ避難して」
清美は言葉を飲み込み、しばらく沈黙したが、白崎の強い眼差しに頷くしかなかった。
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