瀬文:青年団員と伝承守

 霧が一層濃くなり、冷たい空気が肌にまとわりつく中、瀬文純せぶみじゅん白崎奈緒しらさきなお、そして千早清美ちはやきよみは、村の中を歩いていた。村人に話しかけようとするも、誰もが「メカクシ様」の話題になると途端に口を閉ざし、冷たい態度を示す。


「なんだか、皆さん揃いも揃って何も言ってくれませんね……」白崎がカメラを抱え、不安げに瀬文に話しかける。


 瀬文は周囲を見渡しながら答えた。「外部の人間に話すこと自体が、タブーなんだろうな」


「でも、村には住民が数十人はいるはずですよね? みんなで口裏を合わせてるなんて、そんなことできるのかなぁ……」


 その時、背後から鋭い声が響いた。


「おい、何してる!」


 三人が振り返ると、そこには腕を組んで立つ、背の高い二〇代と思われる青年がいた。目つきは鋭く、明らかに警戒心を抱いている。筋肉質な体格に、青年団員らしい服装。彼はじっと三人を睨んでいた。


「外の人間が勝手ばこくでねぇぞ。村さうろついていいと思ってんのか?」


 その厳しい口調に、清美が一歩前に出て慌てて声を上げた。


木内きうちさん! すみません! 瀬文さんたちは僕のために来てくれたんです。両親を探す手伝いをしてくれていて……」


 瀬文と白崎は、目を見合わせた。木内と呼ばれた男は腕を組んだまま、険しい表情で清美を見下ろす。


「清美……。お前もわかってんでねえのか。この村の掟は、誰も破れねえ。ましてや、外の人間に話すことなんてできるわけがねぇ」


「でも、両親のことも、片桐かたぎりさんのことも……何も教えてくれないままじゃ、僕は……」清良が絞り出すように言葉を紡ぐ。


「片桐?」瀬文がその名を聞いて、眉をひそめた。「清美くん、それは誰だ?」


 その言葉に、木内が明らかに動揺し、眉を寄せて清美を睨みつけた。


「片桐さんのことは、関係ねえ! 清良、お前にはまったく関係ねえて。これ以上聞くな」


「片桐さんがいなくなった理由も知りたいんです。きっと、両親と同じで……」


 清美の必死な訴えを遮るように、木内は険しい顔で言い放った。


「片桐さんのことは、村の問題だ。お前には関係ねぇ。それ以上、その口を開くな」


「でも……!」清美がさらに言いかけたが、木内は手で制し、今度は瀬文たちに冷たい視線を向けた。足元から値踏みするように眺める。


「どうやら、さっき動画を撮ってたバカどもとは違えようだな。どちらにしても、さっさと出てけ。命が大事ならな」


 木内は怒りを抑え込むように歯を食いしばり、そのまま背を向けて歩き去った。彼の背中には、怒りと何か複雑な感情が同居しているように見えた。


 木内が去ると、しばらく沈黙が流れた。木内の恫喝めいた言葉が胸に燻っていた。瀬文と白崎は「片桐」という名前に引っかかりを覚え、清良に目を向ける。


 瀬文が静かに問いかけた。「片桐って、誰だ? 木内の反応を見る限り、ただの知り合いじゃなさそうだが」


 清美はしばらくうつむいたままだったが、やがて小さな声で話し始めた。


「片桐さんは……前の青年団長だったんです。僕にも優しい人で、いつも僕らを励ましてくれました。突然いなくなっちゃってそれから団長の座は空席のままです」


 白崎が驚いたように声を挟む。「何かきっかけがあっていなくなったの?」


 清美は小さく頷いた。「関係あるのかわかりませんが……。一ヶ月前のメカクシ様が降臨した時から姿を消して、それから誰も片桐さんを見ていません。村の人たちは、何も教えてくれなくて、僕が聞いても、皆黙り込むんです」


 瀬文は考え込むように腕を組んだ。

「メカクシ様は一ヶ月前に降臨してたのか」


 聞くと清美はこくりと頷く。

 瀬文はメカクシ様を想像した。巨大な体躯をした獣が森から降りてきて1人の村人を痕跡もなく連れ去る。そんな器用な芸当できるはずがない。いったい、降臨した夜に何が起こったのか。知っていそうなのは同じく青年団員の木内だろうか。


「木内のあの様子だと片桐のことをなにか隠したがっているみたいだ」


「片桐さんはなんで消えちゃったんだろう……?」清美が不安そうに呟く。


 白崎が口を挟んだ。「もしかして、メカクシ様を見ちゃったとか?」


「どうなんだろう……。ただ片桐さんはもう村の掟すべてを辞めたがっていたみたいだった」


「そうか……。掟を辞めようとしていた人間が消えて、村人はそれを話したがらないとなると、なにかあるんだろうな」瀬文はそういうともう少し調べてみようと2人に提案をした。


 しばらく村の中で誰かから話が聞けないかと散策していると、突然、静まり返った村の中に、かすかに「チリン……チリン……」と鈴の音が響き渡った。清美が驚いたように顔を上げ、音の方向を探し始めた。


「何、この音……?」白崎が不安げに呟いた。鈴の音は徐々に近づき、やがて目の前の道の先に、ゆっくりと現れたのは、背の曲がった老婆だった。


 その姿はまるで、古びた伝承から抜け出してきたかのようだった。清美の説明によると、岩津いわつタマエ、90歳――村の伝承を守り続ける「伝承守でんしょうもり」だという。メカクシ様が降りる前に予言をして村人に準備をさせる役職のようだ。


 長い髪をひっつめ、着物姿で指には小さな鈴がじゃらじゃら付いた指輪をしている。歩くと自然に鈴が鳴る。タマエの瞳は白く濁り、顔に深い皺が刻まれていたが、その目には村のすべてを知る者の威厳が漂っていた。


 タマエは、か細い声で古い東北なまりの伝承を口ずさみながら近づいてくる。


「山の奥から、メカクシ様が来るで……目隠しして待つべ……目隠しせねば、災い降りかかる……」タマエの声はゆっくりと途切れながら響いた。


 『村が静まるときゃ、目隠さねばなんねぇ』と何度も口にしている。その古い口調が不気味さを増していた。


「あの人が伝承守の岩津タマエさんね」白崎が頭の中にメモを取るように清美から聞いた情報を呟く。カメラを構えシャッターを数回切る。瀬文はタマエの動きをじっと見つめていた。


 タマエは一行の前で立ち止まり、濁った瞳でじっと瀬文たちを見つめると、再び口を開いた。撮影されていることには意にも介していないようだった。


「あと一時間じゃ……メカクシ様が、降りてくる……」タマエはゆっくりと首を振りながら続ける。「それまでに、村を出ろ。でねぇと、メカクシ様の災厄に巻き込まれるのじゃ……」


 その言葉に清美が声を詰まらせた。「メカクシ様が……また本当に現れるんですか?」彼の声は震えていた。


「見てはなんねぇ。見た者は……帰れねぇ……」タマエは静かに言い切ると、再び鈴を鳴らしながら、ゆっくりとその場を去っていった。遠ざかる鈴の音が徐々に消え、また村には不気味な静けさが戻った。


 瀬文はタマエの背中を見送りながら、冷たい風が背筋をそっと撫でるのを感じた。


「あと一時間……か」

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