瀬文:村長と掟

 村の中心にある古びた一軒家の前で、瀬文純せぶみじゅん白崎奈緒しらさきなお、そして千早清美ちはやきよみは立ち止まった。周囲は静まり返り、不気味な静けさが漂っている。


「ここです。村長の家……吾妻茂あがつましげるさんの家です」清良が小さな声で告げた。


 瀬文は軽く頷き、ドアを叩いた。しばらくすると、家の中から重い足音が聞こえ、やがてドアが静かに開く。現れたのは、年老いた男性、村長の吾妻。白髪混じりの短髪に、穏やかな表情だが、その目には冷静で鋭い光が宿っていた。


「入んなさい」


 村長の低く落ち着いた声が二人を招き入れた。


「初めまして、瀬文純です。こちらはカメラマンの白崎。お世話になります」瀬文が軽く頭を下げると、村長は厳かな面持ちでゆっくりと頷いた。


「清美から話は聞いでる。圭吾けいご美咲みさきのことを調べてるんだな」


 瀬文は頷き、少し踏み込む。「ええ、清美くんのご両親の行方を調査したいと思っております。まずは、村長さんにご協力をお願いしたくて」


 村長はしばらく黙り、清美を見つめた後、重々しく口を開いた。


「圭吾と美咲は、もう亡くなった。それ以上のことは……村の掟を守る者だけが知ることだ。外の人間に語れることではねぇ」


「亡くなった? いつ、どういう経緯で?」瀬文はすかさず質問を重ねるが、村長はゆっくりと首を横に振った。


「この村では、何事も掟に従う。それを破ることは誰であっても許されねぇ」


「人が亡くなってるのに、掟が優先ですか? 子どもが苦しんでるのに?」白崎が怒りを隠さずに口を挟んだ。村長は彼女を一瞥し、息をゆっくりと吸い込み、深い声で返す。


「この村には、古くからの決まりがあんだ。その秩序を守るためのもので、誰一人例外はねぇ。清美も、村の一員だ。外の人間が、ここを批判することは許されん」


 瀬文は村長がはっきりと拒絶の意志を示していることを感じた。そこで、話題を変えることにした。


「メカクシ様の掟も、その一部なんですか?」


 その言葉を聞いて、村長の表情が一瞬変わった。驚きと、どこか安堵したような微かな表情の変化だった。


「メカクシ様のことなら、外の者にも伝えてある。知らずに掟を破れば、厄災が降りかかるからな」


 村長の声は厳かで、言葉には重みがあった。


「メカクシ様は、獣の姿をした神聖な存在だ。この村を守るためにおわすが、その姿を見てはならねぇ。古い掟だ」


「なんで見ちゃいけないんですか?」白崎がすかさず問いかける。


「神聖だからだ。掟は絶対だ。メカクシ様が降りてくるとき、村人は家に籠もり、仮面をつけて目を伏せる。それが、この村を守る儀式だ。外の人間であっても、この掟に従わねばならん」


 村長は言いながら、隣の棚から木彫りの仮面を取り出し、瀬文たちに手渡した。


「これをつけろ。メカクシ様が降りてきたら、目を覆い、外界を遮断するためのものだ。掟を破れば、災いは免れねぇ」


 古びた仮面には、不気味な彫刻と赤い塗料で装飾が施されていた。白崎は眉をひそめながら手に取ったが、瀬文は真剣な表情でそれを見つめていた。


「それで……ご両親の調査について、ご協力いただけないでしょうか?」瀬文は再び本題に切り込むが、村長は再度ゆっくりと首を横に振り、厳しい表情を崩さなかった。


「この村のことは、村の者だけが知っていれば十分だ。外の人間が調べることは許されん。すぐにこの村を離れるべきだ。掟を破る前にな」


「そんな……まだ何も調べられていないのに!」白崎が声を荒げる。


「ここは、外の者が踏み込むべき場所ではねぇ。清美の両親についても、もう話すべきことは何もねぇ。すぐに出て行け」


 村長の言葉には、隠された事実を守ろうとする強い意志が込められていた。瀬文はその確信を持ちつつも、これ以上の追及は無駄だと判断した。深く息を吸い、静かに答えた。


「……わかりました。ですが、まだすぐには戻りません。清美くんと一緒に、少し村を見て回ります。仮面はしばらくお借りします」


 村長はそれ以上何も言わず、ため息をついた。


 外に出ると、冷たい風が顔をかすめ、霧がさらに濃くなっていた。夕暮れさえも霧に覆われ、ぼんやりとしている。


「なんか、村長さん……隠してる感じがしましたよね。メカクシ様にしても、ただの伝承じゃないんですか?」白崎が仮面を手に持ちながら口を開く。


「そうかもしれない。けど……村の雰囲気を見ると、ただの迷信とも思えないな」瀬文は仮面を見つめた。


「とりあえず、村の人から話を聞けるか試そう。掟がどう関わっているのか、探るしかない」


「うーん、そうですね。……この仮面、本当不気味ですね」


 白崎は軽く笑ってみせたが、その表情には不安が見え隠れしていた。瀬文は清美に視線を向け、静かに言った。


「清美くん、もう少し案内してもらえるか?」


 清美は頷き、再び二人を案内する準備を始めた。村長との対話では手がかりを得られなかったが、この村には何かが隠されている――それだけは確かだった。

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