晴臣:ハルマキチャンネル
「……伸びないな」
低く抑えた声で、晴臣は呟いた。度の入っていないメガネを外し目頭を抑える。いつもより沈んだ気持ちが重くのしかかる。チャンネルの停滞が続けば、収入は減る。生活に直結している以上、この状況を打開しないわけにはいかない。
後ろでスマホをいじっていた
「また減ってるの?」
「……ああ」
晴臣は無言で画面を指さした。これ以上は厳しい。チャンネル収益が生活費を下回るのも時間の問題だ。
「このままだと危ない」
「まあ、ここで何か大きな企画を当てないとね」
真希はのんびりとした口調で、椅子をゆっくり回転させながら答える。彼女のその余裕ぶりに、晴臣は少し安堵した。うちのブレインが焦っていないのなら、まだ何とかなるはず――そう信じていた。
「最近は、方向転換も成功してるし、このまま心霊とか都市伝説系で攻めればいいと思う」
真希の言う通り、ハルマキチャンネルは元々日常系のカップルチャンネルだったが、マンネリ化から心霊や都市伝説にシフトして、再生回数が少しずつ回復していた。
「けど……もう一発、大きなネタを当てないと、先が見えない」
――バズるネタ。晴臣は無言でパソコンを操作し、心霊や都市伝説に関連した話題を検索する。しかし、どのネタもすでに他のチャンネルが取り上げているものばかりだった。こういったジャンルは二番煎じになりがちで、リスクが高く、リターンが少ない。下手をすれば「パクリ」と炎上しかねない。どこも似たようなソースを使っているからこそ、差別化が難しい。
「誰もやってない、強いネタが必要だ」
真希はスマホをいじっていた手を止め、ふと思いついたように口を開いた。
「そういえば、東北の方に『メカクシ様』っていう伝承があるらしいよ」
「メカクシ様?」
晴臣は顔を上げたが、それ以上何も言わない。真希が続けた。
「ネットにはほとんど情報が出回ってない。掲示板で1回だけ話題になったことがあるくらいで、具体的な内容も曖昧。なんでも『メカクシ様を見てはいけない』っていう掟がある村の話らしいけど、詳細は誰も知らないみたい。でも書き込みの内容からしてここっぽい」
晴臣は少し驚いたように眉を上げて差し出された画面を見た。マップアプリの画面で
「……それ、面白そうだな」
真希は頷きながら、スマホでさらに情報を探っていた。
「有名な話じゃないけど、キャッチーでしょ?『メカクシ様』って名前も『見てはいけない』ってフレーズも、視聴者に響くと思うよ」
「でも、情報が少なすぎる。何かもわからないまま行くのはリスクが大きい」
晴臣は慎重に言葉を選びながら答えた。真希は予想していたかのように、口元に笑みを浮かべた。
「でもさ、他のチャンネルがまだ手を付けてないってことでしょ?バズる可能性は十分あるよ」
晴臣はしばらく黙り込んだ。真希はうれしそうに「ハイリスク・ハイリターン」と歌っている。ネット上に出回らないということは、自分たちが最初の発信者になれるということだ。誰も知らない伝承を追いかけ、未知の世界を暴く――それこそ視聴者が求める非日常そのものだ。
「……東北、か」
「そう。秘境みたいな場所らしい」
「行く価値は、あるな」
晴臣は静かにそう言い、ノートパソコンを閉じた。長期間の調査に出るのはリスクだが、今の状況では恐れていられない。いくつか撮り溜めていた動画を編集してアップしつつ、この企画に賭けるしかない。
「このネタが当たれば、俺たちもまだやっていける」
真希も頷き、スマホをポケットにしまいながら立ち上がった。
「決まりね。メカクシ様、追いかけてみましょ」
「準備しよう。ついでに野宿企画も合わせてやろうか」
「そろそろ機材の点検もしないとね」
晴臣は深く息を吐きながら立ち上がり撮影の準備を進める。無口な彼だが、心の中ではこの企画が自分たちにとって大きな転機になるかもしれないと感じていた。お気に入りの靴、ヴェルディキの限定品、エクストラホワイトを磨く。いつも動画を撮る際は履く命より大事な靴だ。
「よし、行こう。メカクシ様を追いかけて、絶対にバズらせる」
真希も笑みを浮かべ、頷き返した。静かだが、確かな決意がそこにあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます