第48話

猫が人間になるなんてバカげていると思ったし、あり得ないと思ったけれど人間の生活も思ったほど悪くないし……何より蜜さんとこうしていられる時間が幸せだったんだ。


「蜜さんが……他にいい男が出来て、嫁ぐから店を閉めるってんなら諦めて身の振り方でも考えなきゃいけないだろうけどな」

「! そんな、私は!」

「ははは! 俺はここの他行くとこなんか、ないんだ」


 俺たちの寝床だったあの場所もすっかり更地になっていた。


レイもユキも寂しそうに「もう戻る場所なんてないんですね」と、笑っていた。


縄張りから出た猫は、みんなどうなるか知らないだろうが、新しい猫社会を築くのには膨大な労力がいる。

それができないやつは、どんどんと元の縄張りから遠くへ行く事になり、右も左もわからない場所で果てるしかないのだ。


 仲間だったあの猫たちも今はどうしているのだろうか? この辺りで最近見かけるのは知らない顔ばかりだった。


 俺たちみたいに、人間のふりをしながら生きていく術のある猫は少数だから普通猫は大変なことも多いだろう。


「……ハルさん?」

「?」


蜜さんは俺を見上げて頬笑む。


「私……ハルさんにしとくんで、よろしくお願いしますね」

「……はは! ああ、そうしとけ」


俺は蜜さんの髪を撫でてキスをする。

あのころのように見上げてすり寄ることしか出来ないわけじゃない、そのぶん大変なこともあるけれど……蜜さんとなら大丈夫だと漠然と思えたのだ。




 一先ず、俺と蜜さんのはじまりの話はこの辺りでおしまいだ。


俺と蜜さんがこの後どうなったか聞きたいって? そうだな、また機会があったら教えてやってもいいけれど?


 意地悪? そんなことはないさ。


でもまた、俺の話が聞きたかったら、いつか話してやるよ。


新メニューがでたらまた食べに来てくれよ?


だって、そのわくわくした顔のおまえさんも、……元猫なんだろ? 隠したって解るさ。


 俺は人間だけれど、まだ猫なんだから。




……どこかにつづく?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫町洋食店 成宮まりい @marie-7g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ