第11話
結婚式は無事に終わった。
なんだかんだとケチをつけたいた母も「あんなにいい結婚式は他にない」と言って笑った。
引っ越しも済ませ、ようやく片付いた新居に母が訪ねてきたのは、それから1か月ほどしてからの事だった。
あの事はトラウマになるでもなく、何事もなかったのように日常が繰り返されていた。
いただき物の美味しい紅茶を出すと母は、難しい顔をして菓子折りを出した。
「お菓子?」
「あの……ストーカーの男の」
「え?」
「ご両親が、これ持って謝りに来たのよ」
「……それで」
「それでね『あれは、もう大丈夫ですから、ご心配をおかけしました』って言うのよ、どういう意味なのか解らないけど……もう2度と迷惑が掛かる事はないっていうのよね」
「そう」
「そう。だから、もう忘れちゃいましょうね。いやだいやだ。このお菓子もどうする?」
「……うん。持って帰って食べて」
「いやよ」
じゃあ、捨てようと菓子箱を開けて中身を出すとお菓子は入っておらず、封筒に現金が一束入っていた。
母はそれを見て眉間に皺を寄せた。
「あの男の子も……なんだか気の毒ね」
「そうね」
そう、私だってアイツと変わらないのだ。
母の為、家の為にずっと生きてきて自分を見つけられすに、そのままに来てしまっていたら……私だってアイツのように心を患っていたかも知れない のだ。その夜、帰って来たアツシにそれを話すと少し困ったように微笑んで私の頭を撫でた。
「誰だって、そういう可能性はあるんだよ。俺も、こんな仕事をしてると、そういうスレスレというかギリギリの人間をよく見るからね……まるで逢魔時みたいなもんだよ」
「逢魔時」
「そう。どこからどこまでが昼で、どこからどこからが夜なのかわからない、そんな曖昧な時間な……人間だってそれと一緒だってことだ」
それからアツシはコーヒーを一口飲むと言った。
「何が違うのかっていうとさ、そんな曖昧な時間に傍にいてくれる人がいるかどうか、それだけだよ。家族でも恋人でも、友達でもさ。逢魔時に、さらわれないように。ね」
夕方と夜の間。魔物が目を覚ます時間を逢魔時と言うんだと、祖母から聞いた事があるのを思い出した。
「そうだね、私にはアツシがいてよかった」
「ははは。そう?」
「うん」
どこかの誰かが悲鳴をあげないで済むように願いながら、温かいお茶を口に運んだ。
逢魔時 成宮まりい @marie-7g
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