第5話

大和くんが、カタンと立ち上がった。


元彼の頭ひとつほど大きな大和くんは彼を見下ろして言った。


「オマエ、ダセエな」

「お、オマエみたいな、剣道バカの時代錯誤ヤローに言われたかねえよ」


「俺はなんでもいいけど、女の子の事そういう風に言うのやめろ」

「な、なんだよ」

「いいよ、大和くん。い、行こう!」


私が腕を掴むと少しだけ微笑んだ。


「! 待てよ」


元彼が大和くんに言った。


「何? 俺、本気で怒るけど」


竹刀袋をぐっと握った大和くんはさっきまでの穏やかな雰囲気でなく、本物を見たことはないけれどサムライのような気迫と言うのか覇気のような物をまとった。


元彼はぐっと押され口をつぐんだ。


「……ッチ、悪かったよ。じゃあな吉井ちゃん」


私をチラリと見るとそう呟いた。私は何か言わなくてはと脳内コンピューターをフル稼働させた。


「ってか。さようなら、もう二度と話しかけないで」

「はぁ? なんだよそれ」

「一瞬でもあんたみたいな男を、好きなのかもって思った自分が恥ずかしいわ!」

「……」

「でも、あんたのお陰で、今、好きかもって思ってた人の事、好きかも、じゃなくてすごく好きだってよくわかった! だから、さようなら、二度と話しかけないで」


 私はそこまで言うと残りのアイスティーを飲み干した。

 彼は驚いた顔をしたが諦めた犬のような顔をして手をヒラヒラと振ると奥の席に消えていった。


外に出ると大和くんは竹刀袋を担いで自転車の後ろを指差す。


「乗って?」

「あ、うん!」


ふたり乗りの自転車はカシャンカシャンとチェーンが当たる音をさせて川の土手にある小さな公園にやってきた。

大した遊具もない公園では少年サッカーのチームが練習をしていた。

私たちはコンクリートで出来た椅子に座って笑った。


「あー疲れた……って。ごめんね。アイスティー半分くらいしか飲めなかったな」

「ううん、最後に一気で、飲んできたよ」

「マジで?」

「うん、マジで。だって、残すのやだもん」

「会計してて気が付かなかった」

「あ! そうだ。お金」

「いいよ。ゴチソウするって言ったろ?」

「……そか、うん。じゃあ。ごちそうさまでした」


大和くんはププッと吹き出した。


「小夏ちゃん、面白いな」

「あはは! 面白かった?」

「うん、面白いし可愛いね」

「!」

「あっ!」


 足元に転がってきたボールを蹴ってグランドに返すと大和くんは照れくさそうに笑って座り直した。


「アイツと付き合ってたの?」

「たぶん、付き合ってないよ。キスもしたことないし、手も繋いだことないもん。何度かご飯行っただけ。そもそも告白もされてないし、してないし」

「……そっか」

「なんか、周りに流されて好きなのかもって思ってたけどハッキリ解ったわ、好きでも何でもなかったんだよね。恋に恋をしてたんだよね」


 大和くんは暫くサッカー少年サッカー達を見ていた。そして口を開いた。


「……すごく好きな人って」

「聞いてた?」


バレてるよ、当たり前だよと自分に絶望する。


「うん、まあ。聞こえた」

「あはは。そうだよねー。うん……」


あなたです。と、伝えたくてモジモジとしていると大和くんは私を真剣な顔で見てきた。


「あ~、あのさ、明後日の試合で勝ったら」

「えっ? うん」

「そしたら……俺と付き合って下さい」

「えっ!」

「小夏ちゃんの事……好きです……だから、試合頑張って勝つから!」


 まさかの突然の告白に私は倒れそうになる。


「あ。でも……万が一勝てなかったらどうしよう」


 そう言って大きな体を萎ませるようにシュンとした大和くんを見て笑みが浮かぶ。


「ねえ! 明後日の試合、応援に行ってもいい?」

「えっ! あ、うん」

「だから、絶対勝って! でも、万が一でもね。その時は、私が告白しなおすよ。頑張ってた大和くんが好きです。付き合って下さいって」

「……! あはは! ……うん」


 夕焼けが河面にキラキラとオレンジの光を落としていた。


 軽く触れた指先が熱かった。


 新しい、恋が始まる。

雨の日の王子様は、晴れの日も曇りの日も……そう、私の王子様になったのだ。


はにかんで笑った彼の大きな影が私の影に重なる。



 さようなら、昨日までの私。


 さようなら、恋に恋をしていた私。



  


~ The end for now ~

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雨の日の王子様 成宮まりい @marie-7g

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