第4話
ニコリと笑って大きく手を振ると、雨があがった道を駆けていった彼の大きな背中を見送って私も歩き出した。
「あっ! 虹だ!」
何かいいことが始まりそうなそんなウキウキとした気持ちだった。
水溜まりを軽く飛び越える。
「大和くん……か」
社交辞令でもうれしかった。来ないかも知れないけれど電話をするという言葉がうれしかった。
元彼の事なんて本当にどうでもよかった。
決定的な瞬間を見たおかげかも知れない。何も始まっていないのに、終わりようもない。そうハッキリとわかったのだ。
頭の中にも心にも浮かんでくるのは大和くんの、優しい声や、柔らかい笑顔だった。
その日の夜、そろそろ寝ようかと考えながら本を読んでいるとメールが入った。
【こんばんは、渡辺大和です。まだ起きてますか?】
「わ! どど、どうしよう! えっと、こんばんは! 起きてます。っと」
私はなぜだか慌てて声を出しながら返事を打った。
【迷惑じゃなかったら、明日少し会えませんか?】
私はドキドキとしながら了解の返信を送る。
【よかった! じゃあ、今日と同じくらいの時間にあのベンチで待ってます】
「はい! っと」
送信をして何故か携帯画面に向かって何度も頭を下げた。
翌日はウソみたいに晴れた空を眺めながら授業を聞いた。
学校を出ると、なっちゃんは私以上にテンションがあがって緊張するを連発していた。そんななっちゃんのおかげか、いつものように電車に揺られて、ロータリーに向かう事が出来た。
ロータリーのベンチに腰掛けた彼を見つけると、彼もこちらに気が付いて手を振った。
「笑顔が爽やかすぎるって」
そう呟いて彼の傍に駆け寄った。
「ごめんなさい。待たせちゃった?」
「ううん。ホント今さっき来たばっかり。今日はチャリだから」
そう言って傍らに止めてあるママチャリを指さした。
「そっか。よかった」
私が笑うと安心したような表情をして言った。
「あのさ、今日って時間平気?」
「うん?」
「そっか。あのさ……昨日のお礼にしたらチープなんだけど、そこのファミレスで……どうかな?」
「本当に? 嬉しい! うん。行こうよ」
「……よかった」
彼は自転車を押すとすぐそこの店まで押した。中に入るとすぐに席に案内されて、彼は出窓の部分に竹刀を置いた。
「竹刀。いつも持ってるんだね」
「うん。毎日ちゃんとメンテナンスしないと、ささくれとかあると危ないしね」
「そうなんだぁ」
彼はふわりと笑って鞄の中から本を出した。
「これ、昨日の本……と、こっちも面白かったんだけど読んだ?」
「あ! まだ! いいの2冊も借りて」
「うん」
「あ、じゃあ。これ読んだ? 私丁度今の電車で読み終わったの」
彼はパッと嬉しそうに笑った。
「この本買う時に悩んだんだよ! いいの?」
「勿論」
ウエイターがやってきて注文をすると本を鞄に入れた。
「えっと……わた、なべくんは」
「……あ、吉井さん。俺のクラスにさ、渡辺って三人いるんだ。でね、ややこしいからみんな下の名前で呼ばれてて、そっちの方が慣れてるから、ヤマトって呼んでくれた方がうれしいんだけど」
「! わ。かった。や……大和……くん、じゃ、じゃあ私はのことも小夏って呼んでよ」
「うん」
運ばれてきたアイスティーをひと口飲んだ。緊張しているつもりはないけれど口の中がカラカラになっていた。
大和くんはジンジャーエールを飲んで、恥ずかしそうに笑った。
短い沈黙が流れる。でもそれは苦痛ではなく妙に心地のいい感じだった。
「……ヤマトじゃん」
何となく聞き覚えのある声に顔をあげると元彼がクシャクシャとゆるくかけたパーマの髪を気にした様子で弄りながら立っていた。
「うす」
「……吉井ちゃん、久々! ってかヤマトと付き合ってんの?」
「……」
私を見てニヤニヤと笑った元彼は手鏡を出して髪を弄り直した。
「オマエさぁかわいいけど真面目すぎるんだよねーフラれるなよ、はは! ヤマト、この女さ。前にちょっと飯とか行ったことあるんだけどさ、硬いから」
「ああ、そう」
めんどくさそうなな顔をして大和くんは返した。
「あー安心しといて、やってないから。なぁ? オマエ処女だろ?」
私はかぁっと顔が熱くなった。
「はは! ウケる!そうだよなぁ恥ずかしいよなぁ、おれとやっとけばよかったろ? まあ。ヤマトもドーテーだろ? やばくねえ? あっ、お似合いか化石同士、マジウケる!」
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