第3話

私が視線を外すより先に元彼は視線を外した。剣道部の彼はその様子に気がついたのだろう、私を覗き込むようにして言った。


「アイツ、知り合い? 同じクラスだよ?」

「……そか。知り合い……うん。知り合い程度」

「ふうん。うん……ねえ、あのさ、よかったらお礼にお茶でもご馳走させて。と、言いたい所なんだけど、これから自主練したくてさ、道場行くんで……と、よかったら……えーと」


彼は耳を真っ赤にさせて言った



「アドレス……とかそういうの教えてくれたら、うれしいんだけど」

「えっ! 私の?」

「うん……いきなりで何て言うか荒手のナンパみたいで嫌なんだけど」

「そ、そんなことないよ! 全然大丈夫!」


慌てて携帯を出すと頷いた。


「せ、赤外線だよね?」

「あ、はい! ……送りました」

「じゃ。じゃあ私も送りますね!」


 ピローンと何とも頼りのない音がして画面に名前と電話番号とメールアドレスが浮かぶ。

『登録』をタッチすると新規追加と表示されて、私の電話帳に彼の名前が登録された。


「渡辺……大和……くん」

「あ! はい!」

「……」

「あ、えっと。吉井小夏ちゃん……小夏……かわいい名前だね」

「えっ!」

「ご、ごめん」

「ううん! あ。ありがとう!」


顔を見合わせてクスッと笑い合うと彼は恥ずかしそうに頭をかいた。


「名前言う前に、番号とか聞いてごめんね」

「ううん」

「……あ、のさ……ってか俺ね雨の日はチャリで行けないから電車なんだけど……」

「あ、そうなんだ。だから雨の日しか見掛けなかったんだ……あ!」

「!」


 私は口を塞いだ。

まるで、あなたの事を気にしてましたよと言ってしまってるのだ。

 恥ずかしくて顔が熱くなっていくのを感じた。


「知ってた?」

「……うん、えっと。みんな携帯いじってるか、音楽聞いてるかでしょ。だけど、本を読んでて男の子なのに珍しいなと思って……なんの本を読んでるのかなとか気になってたりして」


 彼は恥ずかしそうに笑った。


「ここでね、純文学とか読んでたらカッコいいのかも知れないけど……推理小説とかミステリーとかばっかりだよ、あはは」


「わ、私も推理小説好きだよ! 謎とか犯人が解ると『あぁっ!』ってなるのが好き! 自分の予想と同じたと『よし!』ってならない? 予想外だったりしても『そうきたか!』って」


「あはは! うん! そうなんだよ! 今ね読んでるのが……これなんだけど、すごく良くできててさ何度も裏切られるって言うか上手いんだよなぁ」

「あ、これ。新しいのだよね、気になってたんだ。でもお小遣いがねぇ」

「もう読みおわるから貸そうか?」

「え!」


彼はハッとした顔をして申し訳なさそうに言った。


「きゅ、急に馴れ馴れしくてごめん」

「そんなことないよ! もしよかったら貸して欲しい! いいかな?」

「うん!」


初めて話したのに、ずっと前から知ってるような気がするのは時々電車で見ていたからだろうか?


「あ! ヤバイ! 道場行かなきゃ! えっと、連絡するね!」

「うん」

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