プロローグ・彼女が青年にあう前のこと

魔王が生きていた頃は、空には常に暗雲が広がっており、毎日が曇りの天気だった。

けれど、現在は日の光がさす明るい世界が広がっている。

それは天気の話だけでなく人間も同じ。

あの頃はみんなが暗い顔をしていたけれど、現在は明るい表情を浮かべている。

そんな光景を見て、つくづく実感する

世界が平和になったことを――



◇◆◇



「――って、言えれば良かったんだけどなぁ……」


はぁ、とため息をつきながら道を歩くのは、一人の冒険者。

鉄の胸当てに籠手、ブーツ型の足具に黒の外套マントという軽装備に、片手剣を腰に携ている。

見た目は長い銀髪に青い瞳を持つ美女。

パッと見だと冒険者に似つかわしくないが、これでも”A級冒険者”で実力は折り紙付きだったりする。

『銀の剣士』や『銀姫ぎんき』といった二つ名は、その道では広く知られた名だ。

ちなみに本人は二つ名で呼ばれることは嬉しくもあるのだが、少しむずがゆくも感じているので、真名であるシルのほうで呼んでほしいと思っていたりする。


で、その彼女は現在、とあるクエストに向かっている最中だった。

内容は『ゴブリンの討伐』で、シルが拠点としている国の近くにある森に現れるのだそう。

行商人を襲う事故も発生しているので、至急討伐してほしいとのことだった。

ゴブリンはEランクに相当する下級の”魔物”である。

シルにとっては造作もない相手であり、他にすることも無かったので引き受けたのだ。


……が、シルはクエストを受けるたびに、つくづく実感していた。


「魔王は死んだのに、魔物は滅びないのね」


なんとなく、そう感じていたのだ。

『魔王は魔物の親玉だから、魔王を倒せば世界は平和になる』

なぜかそう思っていた。

けれど、現実は違っていた。

魔王を倒したことで、平和になった。

けれど、完全な平和ではない。

当たり前のように魔物はそこにいて、人間は襲われる。

この事実だけは、どうしたって変わらないのだ。

まぁ、そのおかげで冒険者という職業は無くならずに済んだし、良いと言えば良いのだが……。

正義感の強いシルとしては、少しばかり残念だと感じていた。

しかし、それに不満を言っても何も変わらないということも強く理解している。


「文句ばかり言ってたって、なにも変わらない。

死ななくてもいい人を全員助けるのが、冒険者である私の仕事だもんね。

頑張らなくちゃ――”名も無き英雄”みたいに!」


憧れの英雄のように、自身も世界を救う英雄となる。

それが、彼女の夢なのである。


そのことを再確認すると、彼女はクエスト達成のため、前に進む足を速めた。

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無気力英雄は世界を2度救う 紅赤 @aka_kurenai

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