第30話

重なる2人の瞳。


「…あっ…」


「…っ…」


顔が近いっ! あと数センチという至近距離。

しかも、さゆりはしっかりと孝直の手を掴んでいる。

その事に今更ながら、2人は気がつく。


さゆりはパッと孝直の手を離し、くるりと背中を向ける。

孝直はパッと顔を背けた。


ドキドキ…と、鼓動が耳に響き、うるさい。相手に聞こえているのではないかと思う程だ。


「ごっ…ごめんなさい」


「あっ…いやっ…」


お互いに気まずさを感じる。


「……」


「……」


しばしの沈黙。


…どっ…どうしよう…どうしよう…。


まだ、心臓がドキドキしているさゆりは、同じ言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡っていた。


一方。


孝直も同じような状態だった。

普段から、あまり喋らないタイプで女性と会話をする機会など滅多とない。


どうしたら良いのか…正直、困っていた。

みっともないところを表情や態度に出さないように本人は平常心を保とうと必死だ。


「…ゴッ、ホン…」


孝直は沈黙を破ろうと咳払いをした。が、何ともわざとらしい咳払いになってしまった…。


「…えっ…と、これ…」


さゆりの背中に向かって、ボソリと声をかけた。


ふぅーと、孝直にばれないように小さく息を吐き、一呼吸おいてから、さゆりは振り向いた。

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